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人は見かけによらない
瑞樹side
綺麗なシャンデリア。
ピカピカに磨かれた窓ガラス。
シミ一つ見当たらないカーペット。
「…よし」
手洗い場の蛇口の水垢を掃除し終わると、僕は濡れた手をハンカチで拭く。
水が染みていく様子をぼんやりと眺めながら、周囲の景色を鏡のように映す蛇口を見つめる。
「瑞樹」
自分の名前を呼ぶ声を聞き、ハッとして振り返ると、僕と同じ清掃員専用服に身を包み、腰に手を当てる同僚がいた。
「…涼」
終わった?と爽やかに笑い問いかけてくる彼に小さく頷くと、涼は笑みを深めた。
「そっか。じゃあ、戻ろうか」
また一つ頷くと、涼は僕と手を繋いで歩き出す。
別に手を繋がなくてもいい気がするが、涼がしたいなら反対するつもりはない。
「瑞樹」
呼ばれて横を向くと、僕よりも目線が高い位置に涼の顔があった。彼の黒髪がさらりと揺れる。
「俺のこと、好き?」
海のような綺麗な瞳を細めて、涼は手を握る力を強めた。
「…ん」
頷くと、涼はそっか、と満足そうに微笑んで、また前を向いてしまった。
毎回そう聞かれるが、答えが変わることはない。
それはそうだろう。だって、この学校に来て初めての友人だ。それに、無表情で無口な僕にいつも優しく話しかけてくれる。
“友人として”大好きなのは当たり前だろう。
「…ま、いいけどね」
ぼそりと呟かれた言葉に首を傾げると、涼はにこりと笑って「なんでもないよ」と言った。
涼から視線を外して、廊下をじっと見つめる。
(やっぱり綺麗だな…流石、涼)
粗なく磨かれた床に感心する。
今さっきの場所は、手洗い場とトイレは僕担当で、涼は廊下担当だった。
何故か僕の担当する場所は誰とも合わないようなところで、実際今まで誰かとすれ違うことはおろか、見かけることすらない。
涼に前聞いてみたら、「気のせいじゃない?」と爽やかに微笑まれたので、恐らくたまたまだろう。
涼の言うことは全部正しいから。
でも月一の頻度で理事長室に通っているのはなんだろう。その後、理事長から電話で疲労困憊の様子で清掃担当を告げられるのも、未だに分からずにいる。
授業中なのか、廊下には誰もいなくて、僕達の革靴が鳴らす音だけが響く。
窓から差す日光は穏やかで、すぐ近くの林の緑が視界に映ってゆらゆらと揺れる。
開いた窓からさあっと風が小さく吹いて、僕の髪を揺らした。
少し暖かい温度に、僕の瞼がゆるゆると下りてくる。
「……りょう」
うつらうつらとしながら彼を呼ぶと、涼はこちらを向いて、ああ、と納得したような声を上げた。
「眠くなったかな?おいで」
腕を広げた涼に抱きつくようにして駆け寄ると、涼は僕を抱き締めて姫抱きにする。
いつもの体温に包まれると、更に睡魔が加速する。ゆりかごのような穏やかな揺れを感じながら、涼の首に腕を回す。
くす、と涼が笑う気配がするが、もう瞼は閉じられていて、涼の表情を確認することは叶わない。
「……おやすみ、瑞樹」
瑞稀side end
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