亀裂には修復を

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「……コミュニケーションって難しいね」 「? うん」 「あはは…」 先程からこの調子だ。 涼が遠い目をして乾いた笑いを繰り返すものだから、正直言って少し怖い。 どうしたものかと首を捻っていると、ガラリと扉が開く音がする。 「おー、ここにいたか」 「! 李仁先生…」 よっ、と片手を上げて笑ういつもの彼に安心する。 李仁先生はスタスタと涼まで近寄ると、その頭を思いっきりチョップした。 「!?」 「うわっ、いっった…!?」 「んで?俺がわざわざ世話を焼いてやった結果は?」 「…ありがとうございました」 「ふはっ、そりゃ良かった」 「…え、? ぇ?? ……え?」 いきなりの手刀に驚くも、涼と李仁先生は至って平常だ。 それに、どうやら二人だけにしか通じない会話をしているみたいだ。 「あの…? 涼? 李仁先生?」 二つの意味で困惑しながら二人を呼ぶと、李仁先生は僕を見て意味深にニヤッと笑った。 「瑞樹、すまんな。これは男と男の秘密なんだ」 「は、はぁ……」 よく分からないが、二人がそれでいいなら僕には口を挟む権利はない。 曖昧な返事をとりあえずする。 それよりも、物申さなければいけないことがある。 「僕も、男なんですけど……」 「…」 李仁先生が笑顔のまま固まる気配がする。まさか、僕は男だと認識されていなかった? いやいや、流石にそれはないだろう。明らかに僕は男だし。……そうだよね…? 涼がやれやれと言うように首を振った。 「確かに気持ちは分かりますが…。それは禁句ですよ」 き、気持ちは分かるっ!? 涼も薄々そう思っていたということなのだろうか。 「そんな……」 そんな男らしくないのか、僕は。貧弱に見えるということなのか。 筋肉…、つけなきゃな。 僕が二の腕をペチペチと触っていると、室内にノックの音が響いた。 ついで、扉越しにくぐもった声が聴こえる。 「すみませーん、山田先生いらっしゃいますかー?」 山田先生とは、保健室のお爺ちゃん先生だ。 生徒思いだけど、叱る時は叱る、とても良い先生だと思う。 基本穏やかだし、僕にも良くしてくれるから随分と彼には懐いている。 僕が席を立つと、涼が僕の手を掴んで止める。 すぐに李仁先生が扉へ向かった。 あ、確かに清掃員の僕らじゃなくて、教師の李仁先生が対応した方がいいか。 李仁先生が扉を開くと、明確になった声の主が驚く。 「え〜っ!なんでスズ先生がいるの〜?」 「おいコラ鷹宮。スズ先生はやめろって」 親そうに話す二人。相手の声には聞き覚えがある。 (この声に“鷹宮”…。もしかして、海っ?) 驚くも、海は生徒会役員だし、遭遇することは珍しくない…のだろう。 「山田先生は〜?保健室の予算確認に来たのにぃ……」 「あー…。すまんな、山田先生はいらっしゃらないんだ」 申し訳なさそうに言う李仁先生に、海が「気にしないでー」と笑う声がする。 顔は見えないけど、なんとなく笑顔な気がする。 …そういえば、海とは今日会ったばっかりなんだよな。もう数日経ったつもりでいたのに。随分と長い一日だった。 「んー、仕方ないかぁ。帰るよー、りっくん」 恐らくもう一人いたのだろう、りっくん、と呼ばれた人は「…ん、」と小さく唸った。 「…瑞樹、いる」 「ん? りっくん?」 「保健室の…中」 そう言って、李仁先生が塞いでいた入り口を思い切り開けて、中に入ってくる。 声を出す間もなく、すぐに橙里くんと目が合って、彼の瞳がきらりと輝くのが見えた。 「瑞樹…っ!!」 パアッと顔を明るくしてふにゃりと頬を緩める。 まさか橙里くんまでいるとは思わず、驚いて体が固まる。 橙里くんは椅子に座っている僕を包み込むように抱き締めて、すりすりと肩口に顔を寄せる。 「も〜…。りっくんどうしたの……って、瑞樹っ!?」 慌てたように保健室に入ってきた海は、橙里くんに抱き締められている僕を見て目を丸くした。 橙里くんの大きな体から精一杯顔を出して、海に手を振る。 「む…。瑞樹……海と、知り合い?」 顔を上げた橙里くんが、どこか不機嫌に告げる。 「ん…。さっき、ちょっとね」 「うんうん!俺たち“同じ”フランス出身で〜、“話が合う”みたいでさぁ〜!」 にこにこと笑いながら僕から橙里くんを引き剥がす海。所々強調して喋っている気がするが、イントネーションの違いだろうか。 「…む。海、調子……乗ってる」 「んふふ〜、だって事実だしー?」 不満気に眉を顰める橙里くんに、海はにこにこと笑いながら「ねー?」なんて同意を求めてくる。 「…? そう…だね?」 よく分からないままに返事をすると、急にトン、と肩に手を置かれる。 「“うちの”瑞樹にちょっかいかけないでもらえますか?」 絶対零度の瞳を細めて微笑む涼。思わず冷や汗が出たのは仕方ない。 「そうだぞガキ共。特にお前ら生徒会は暇じゃねぇだろ?」 李仁先生がそう言いながら二人の首根っこを掴む。 「…むー……」 「もう今日の仕事は後これだけだもん!」 横暴だ!と頬を膨らませて抗議する海に、橙里くんがうんうんと何度も頷く。 先程までの緩やかな時間はどこへやら。打って変わって目まぐるしい時間の流れについていけない。
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