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僕も何か言わなければ…、と思って立ち上がると、はらり、と視界の端で白い布が落ちるのを見た。
「…あ」
先程、涼に巻いてもらった包帯は、どうやら少し緩かったらしく、立ち上がった衝撃で解けてしまったらしい。
しゃがんで取ろうとしたところを、別の手が包帯を拾う。
「……これ、何?」
血の染みた包帯を握り締めて、橙里くんが一つ、声を零す。
そしてゆっくり顔を上げて、揺れる深い茶色と目が合う。
「…えっ、と……」
いつもの穏やかな雰囲気が感じられなくて、喉が張り付いたように声が詰まる。
「ん? どうしたの二人とも〜?」
そこに海が僕の後ろから顔を覗かせる。
相変わらず僕をじっと見つめる橙里くんに、何も話さない僕。
不思議に思ったのか海は首を捻る。
「りっくん? 瑞樹? どうしたの?」
「……海。これ」
それだけ言うと、橙里くんは包帯を海に渡す。
なんだろう、と目を瞬きながら手のひらに受け止めると、橙里くんが手を開いた瞬間、海が目を見開くのが見える。同時に、ヒュッと空気を呑み込む音が聞こえた。
「…え? こ、これ…どうしたの?」
包帯に染みた血を見て、海が困惑した声を上げる。
橙里くんが僕に視線を戻したのを見て、その包帯の持ち主が僕だと察したのだろう。
海が口を開いては閉じるのを繰り返す。
「み、瑞樹…?」
(なんでこんなことに…)
そう思わずにはいられない。
ただの怪我だろう。処置はきちんとしたし、幸い、新品で切れ味の良いナイフだったようで、切り口は綺麗に治りそうだった。
片や凍てつくような目、片や心配で堪らないような目。二対の瞳に凝視され、居た堪れない。
「…少し、怪我しただけ」
目を逸らしながら呟いた僕の肩を、海がガシッと掴んだ。
「これのどこが“少し”!?」
「…海、退いて」
大声で叫んで目を潤ませる海を横に押して、橙里くんが僕の左手を取る。
身長を合わせるように膝をつかれる。
「…原因、は?」
「え、と…。少し、厄介事…に」
「……ナイフ?」
「…え? ……うん」
まんまと言い当てられて、ギクリと肩が跳ねた。
「…言いたく、ない?」
気遣うように覗き込まれて、おずおずと口を開く。
「…話せば長くなる……けど」
話し終わると、橙里くんはゆらりと立ち上がり、海は拳を握り締めた。
「…全く〜。そんな大馬鹿者はどこの誰だろ〜?」
「処す、べき」
「!?」
物騒なことを言い出す二人に慌てふためくも、僕の思いも虚しく、海から「大丈夫大丈夫〜!」と頭を撫でられる。
何が大丈夫なのだろうか。その明るい笑顔が今だけは不穏に感じる。
そんなわたわたとする僕の右手を引いた人物がいた。
「お二人には関係のないことです。そろそろお昼時ですし、早く戻らないと他の役員の方々に心配されるのでは?」
涼が僕を腕の中に抱いて、涼に顔を埋められる。
視界が暗闇になって驚くが、ふんわりと香る涼の落ち着く匂いに肩の力を抜く。
さらりと頭を撫でられる。気持ちよくてすり寄ると、頭上で涼がくすりと笑うのが聞こえた。
「瑞樹」
「……涼?」
「鈴谷さんと先に職員室に行ってて。包帯とかガーゼの替えは鈴谷さんに持たせてるから、職員室で付け替えてもらってね」
「…? 涼は?」
「少し“お話し合い”をする必要があるみたいだから、気にしないで。すぐに行くから」
「……そっか」
にこりと微笑む涼に少しの違和感を感じながら、言われたことに頷く。
ちらりと橙里くんと海を見れば、二人とも敵意のようなものを瞳に滲ませていた。
どうしたのだろう?と疑問に思うも、李仁先生に手を引かれ、素直についていく。
後ろ髪を引かれて、扉が閉まる前に後ろを振り向けば、笑顔で手を振る三人が見えた。
小さく振り返すと、扉は閉まり、頭に李仁先生の手が置かれた。
「んじゃ、一足先に行っとくか」
「……はい…」
「大丈夫だって。後でアイツらも誘って皆で昼飯食うか〜!」
「で、でも二人は生徒会が……」
「んー…、大丈夫だろ。アイツらは生徒会室で昼は食わねぇみたいだし」
顎に手を当てて少し考えた後、確信めいたように頷く李仁先生に、思わず「え…?」と声を出す。
「ああ、言ってなかったか? 俺は生徒会顧問なんだよ」
「…!?」
なんともないように笑って言う李仁先生。
驚いて足が止まる僕を不思議そうに見て、李仁先生が僕の手を引いて歩き出す。
「…ほら、着いたぞー?」
そんな李仁先生の声にハッとすると、目の前にはよく見慣れた職員室のプレートが。
「!?」
…今日は驚くことしか起きていない気がする。
瑞樹side end
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