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涼side
「…さて」
扉が閉まって瑞樹が見えなくなると、緩く上げて振っていた腕を下ろす。
浮かべていた笑みを消して目の前の二人を見ると、今にも飛びかかってきそうな敵意を纏う。
「…お話ってなぁに〜?」
会計が全然笑っていない笑顔を浮かべて聞いてくる。隣の書記は何も発さず、ただこちらを睨みつけるだけ。
「いえ、特には。ただ少し“立場”というものを理解しているのか疑問に思いまして」
「立場ぁ?」
何を言っているんだ、と言わんばかりの表情に、思わず肩をすくめた。
「ええ、“立場”です。それは貴方たち生徒会が一番分かっているのでは?」
あえて挑発するように言うと、会計が分かりやすく肩を揺らしてこちらを睨む。
口を開けて今にも反論しそうな会計を手で制して言葉を発するのは、意外な人物だった。
「…待って」
「…りっくん?」
会計が驚いたように隣を見る。
瞳を鋭く細めてこちらを見る書記に、俺もほんの少し目を見開いた。
「どうされました? 書記様」
「それ」
「…はい?」
「だから、敬語。鬱陶しいからやめて。普通に喋れば?」
「り、りっくん!?」
「…へぇ」
(なるほど)
先程までの辿々しい口調はどうしたのいうのか。それはそれは流暢に、そしてご丁寧に棘まで含ませて話し出した。
会計も驚いているし、話に聞いたところ、書記は先程の口調がデフォルメらしい。これは本人も無意識なのだろう。
どこか人格変化に似ているのかもしれない。
「……そう。じゃあ遠慮なく」
「うん。下手な横好きレベルの敬語をされても困るのはこっちだし」
「…はっ、それは申し訳ないな」
「え、ええ…??」
皮肉の応酬と、突然の人格変化。ついさっきまで敵意を滲ませていた会計は、すっかり混乱してついて来れてないようだ。
「…で? “立場”だって?」
「うん、そうだね。どうやら“天下の生徒会”の皆様はそれをよく分かってないみたいだから。心配でつい、ね」
「ふっ…、よく“腹黒”って言われない?」
「そちらこそ」
なんだろう、同族嫌悪?
先程から相手が気に食わなくて仕方ない。それは相手も同じだろう。
会計は既に諦めて「一体どうしちゃったの…りっくん……」と呟いて角に移動した。
「生徒会と清掃員では立場が違う。それこそ少女漫画じゃないんだからさ」
「ああ、確かに。でも禁断の恋なんて余計燃えるね」
濁った茶色を細めて楽しげに口端を上げる。
本当に彼はどうしてしまったのか。
「他の生徒…特に親衛隊に見られでもしたらどうするつもり?」
「心配ないでしょ。会わないように工夫を凝らしてきた本人が、一番分かってることだと思うけど?」
気付いていたのか。
瑞樹の毎月の仕事場所の担当割を、理事長に“お願い”して人通りが少ないところにしてもらっている。
誰にも瑞樹を知られないように。…それこそ、性に飢えた年頃の男子にとっては格好の餌。そんな中に天然で危なっかしい瑞樹を放り込むなんて言語道断。
だから誰の目にも映らず、噂すら立たないように気をつけてきたのに。
誘蛾灯のように気付けば近づきたくなって、一度その蜜を知ったらもう離れられない。
「…俺だって他の奴らに瑞樹を知られたくない。それは海も同じ。これに関しては協力しようよ」
生徒会の権力。それはこの学園で最も影響力が高く、誰もがその権力にあやかりたくて側に寄るほど。
「…確かに、悪くない」
「でしょ? なんだって“瑞樹が一番”なんだから」
…ああ、
(本当に嫌いだ)
性格や思考まで鏡合わせのよう。心底嫌悪感がする。
あからさまに眉を顰めた俺を見て、書記は面白そうに笑う。
「まあいいや。お互い引くつもりもないし、今からでも遅くないよね」
そう言って手を差し出される。
握手を求められているのだろう。
(ここまでくれば、とことん闘ってやろうじゃないか)
勢いよくその手を握り、お互いに手が赤くなるほど力を込める。
「よろしくね、清掃員さん」
「ふ。頑張ってね、高校生」
そんなとき、ピコン、と俺のポケットから携帯が着信を知らせる。
それを合図に手を離し、携帯の画面を見る。
それは瑞樹からで、珍しい彼からの連絡に目を丸くしつつ、急いでアプリを開く。
《今、職員室に着いたよ。李仁先生から包帯とガーゼも替えてもらった》
《お昼の時間だし、二人も誘って五人でお昼ご飯食べない?》
『俺はいいよ。ちょうど話も終わったし、誘ってみるね』
《ありがとう!》
もうそんなに時間が経ったのか…と携帯のホーム画面で時間を見る。
思わず笑みが溢れて、目の前の書記が訝しげにこちらを見た。
「まさか…瑞樹?」
「うん。昼食一緒に食べないかだって」
「えっ、行く行く〜!」
今まで俺と書記の話についていけなくて部屋の隅で呆然としていた会計が、急に目を輝かせてこちらに寄ってくる。
「海。本当、都合が良いね」
「ちょっ、りっくん!? 半分はりっくんのせいでもあるんだからね!?」
そう言って、呆れている書記を軽く睨む会計。
確かに、書記の態度の変化には驚いた。
書記への印象は、『大型犬』、『癒し』、『おっとり』。そして何よりも、その見た目に合わない拙い口調がギャップ萌え、とかで人気を博している。
しかし、今の書記はそんな評価とは真逆だった。
『大型犬』というより『狂犬』。
『癒し』というより『毒舌』。
『おっとり』というより『キレキレ』。
こんな二面性を知ることになるとは思わなかったな。
「早く行こーよー!」
「何ボーッと突っ立ってるの? 木偶の坊じゃないんだからさ。考えて動いてよ」
興奮を滲ませてこちらを見る会計はまだ良いものの、明らかな皮肉と棘と挑発を込めて睨んでくる書記は問題だな。
(瑞樹が知ったらどうなることやら)
それでも、書記は瑞樹の前で先程のような態度はしないはず。それで万が一にも嫌われでもしたら堪ったものじゃないからな。
「はいはい、雛鳥みたいに催促しないで」
「だ、誰が雛鳥だって!?」
「海。そんな安い挑発は乗るだけ無駄」
噛みつきそうな会計を宥めるのは書記。
ぐぬぬ、と顔を見事に顰めて耐える会計だが、それでも顔が整っているから様になっている。
流石は生徒会、といったところか。
あんな非常識で低俗で下品なランキングで決められたことなだけある。
何か察したのか、書記がこちらを横目で睨みつける。
それに肩をすくめると、一際鋭く睨んで、また前を向く。
(どうしたかものか)
ため息をついて、俺にとっての『癒し』である人の元へ急いだ。
涼side end
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