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※()はフランス語です。
「なんでここにいるんですか…鈴谷さん」
ふう、とため息をついて、瑞樹を抱える手に力を込める。
鈴谷さんは「ははっ」と陽気に笑い、耳についた多くのピアスを揺らした。
「チャラチャラ煩いんですよ。チャラ男教師」
そう、鈴谷さんは教師だ。今は授業中で、ましてやこんな人通りのない廊下をわざわざ歩くとは思えない。
敬語が意味を成さないほどの毒を吐くと、鈴谷さんは笑顔をほんの少し引き攣らせた。
「お前…。本当、瑞樹とは対応が違いすぎねぇ?」
「瑞樹は大切な人ですから」
「……大切な人、ねぇ…」
鈴谷さんはスッと目を細めて、腕の中の瑞樹に視線を移した。
(また厄介な……)
恐らく…いや、間違いなく鈴谷さんは瑞樹のことを好いている。
瑞樹を見つめる眼差しが、瑞樹に対する雰囲気が、全て俺と同じだから。
「それで…、質問に答えて下さい」
鋭く睨みつけると、鈴谷さんはニヤッと笑って、瑞樹の頬を指でつついた。
「ちょ…っ!触らないで下さいっ!」
「瑞樹が起きちまうだろ、大声出すな」
「…っ!」
瑞樹を張り合いに出されてしまったら勝ち目はない。瑞樹が一番なのだから。
悔しそうに眉を顰める俺を見て、鈴谷さんは愉快そうに笑いながら頬をつつく。
柔らけー、と呟きながら鈴谷さんはこちらに視線だけ寄越した。
「今は俺の授業が入ってないからな。理事長が瑞樹がここで清掃してるって教えてくれたから来た」
理事長が口を滑らせたらしいことに苛ついて舌打ちをする。後で“お話”をしておかないと。
「理事長が可哀想だからやめてやれよ」
そう言いながらも心底楽しそうに笑う鈴谷さんに、若干の殺意が込み上げるが必死に抑える。
「んん…」
その時、瑞樹が身じろぎして眉を顰めた。
起こさないように気をつけながら鈴谷さんを睨むと、鈴谷さんも流石に瑞樹を起こそうとするつもりはないらしく、すぐに指を離した。
しかし、時すでに遅しとはこのことなのか。
「ふぁ〜……」
瑞樹が目を開けて小さく欠伸をしてしまった。
「(李仁先生…、どうしてここに……?)」
瞳をとろんとさせて鈴谷さんを見ながら、フランス語をすらすら話す瑞樹。
瑞樹は幼少期をフランスで過ごした為、ふとした時にフランス語が出てきてしまうみたいだ。
フランス語の方がよく喋ってくれるし、中々聞かない瑞樹の声を聞くことができて嬉しい。
瑞樹の話している内容を理解したいから、今必死にフランス語の習得を頑張っている最中だ。
「(李仁先生。今の時間、授業では…?)」
鈴谷さんは数学教師。文系はめっきり駄目で、英語ですらできないのに、フランス語なんて出来るわけがない。
困ったように眉を下げる鈴谷さんに、内心ざまぁ見ろと思いながら腕の中にいる瑞樹に微笑みながら話しかける。
「(瑞樹。フランス語になってるよ)」
瑞樹は数秒考え込んでから、すぐにハッとしたように目を見開いた。
「…すみません。頭…、働いてませんでした」
鈴谷さんの方を見て謝る瑞樹。鈴谷さんはフランス語を話せる俺を羨ましそうに見た後、瑞樹に「気にすんな。睡眠の邪魔して悪いな」と言って頭を撫でた。
涼side end
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