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いつかの誰かの記憶
白い絹の衣に、同じく白の帯。
豊かな黒い髪は結わずに背中に垂れる。
胸元には、大きな赤瑪瑙の勾玉が三つ連なり、丸玉の水晶に触れて、たまゆらの音をたてる。
若い巫女は、戸口に立ちどまり
震えそうになる両手を握りしめた。
微笑まなければ。
そう思う反面、唇は、わなわなと歪みそうになり、唇を強く噛み締めた。
これから、民衆の前に立つのだ。顔を強張らせてはいけない。
微笑まなければ。
そう、微笑まなければならないの。
私は
ぎっ、と唇を強く噛み締めすぎたのか紅を引いた唇に血が滲んだ。
金臭い味が口の中に広がる。
「お時間です。」
年嵩の巫女に促されたが、足は前に進まない。
若い巫女は、すぅと息を吸って、唇を弧に描いた。
顔に微笑みを張り付け、扉をくぐった。
わぁ、と歓声が響いた。
目下に見える群衆に、若い巫女はことさら微笑みを深めた。
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