いつかの誰かの記憶

1/5
前へ
/9ページ
次へ

いつかの誰かの記憶

白い絹の衣に、同じく白の帯。 豊かな黒い髪は結わずに背中に垂れる。 胸元には、大きな赤瑪瑙の勾玉が三つ連なり、丸玉の水晶に触れて、たまゆらの音をたてる。 若い巫女は、戸口に立ちどまり 震えそうになる両手を握りしめた。 微笑まなければ。 そう思う反面、唇は、わなわなと歪みそうになり、唇を強く噛み締めた。 これから、民衆の前に立つのだ。顔を強張らせてはいけない。 微笑まなければ。 そう、微笑まなければならないの。 私は ぎっ、と唇を強く噛み締めすぎたのか紅を引いた唇に血が滲んだ。 金臭い味が口の中に広がる。 「お時間です。」 年嵩の巫女に促されたが、足は前に進まない。 若い巫女は、すぅと息を吸って、唇を弧に描いた。 顔に微笑みを張り付け、扉をくぐった。 わぁ、と歓声が響いた。 目下に見える群衆に、若い巫女はことさら微笑みを深めた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加