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桜の思い出
『桜が見頃を迎え、お花見日和が続くでしょう。』
雲ひとつない空、これぞ晴天。
どうやら今朝のニュースは的中したようだ。
最近の天気予報士の申し訳なさそうな顔も少しは明るくなっただろうか。近頃の外れっぷりを思うと、朝から土砂降りでもおかしくないなと心配して傘など持ってきてしまった。
必要の無くなった傘をぶら下げゆっくりといつもの散歩道を進む。
桜は咲いているだろうか―――。
一昨日も桜を見に来たがやってきたのは来たのは春一番、寒さに身を縮めながら歩くのは堪えた。
だから今日もあまり期待はしていなかった。
しかしどうだろう視界に移るのは満開の桜、舞う桜吹雪。
花筵を1人歩く。
いつもは痛む膝をかかええっちらおっちらと歩いていたが、今日ははなぜだか痛みがない。体も心無しか軽く感じ背筋がよく伸びた。
グッと気持ちよく体を伸ばしていると花びらが肩に落ちた。
次々と上から降ってくる花びらにつられて見上げると、視界一面に薄桜が日光を浴びて輝いていた。
花々の隙間から遠慮するように覗いてる青空は今日の主役の座を譲ったようだ。
ゆっくり散歩をしていると人も増えてきた。花見の場所取りをしに来たらしい。
いつもの散歩道を歩きに来ただけだ、桜も見れたし長居は無用、お花見客の邪魔にならないようにもう帰ろう。
来た道を戻ろうとした時ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
辺りを見回す。
桜の樹の下では宴会が始っていた。
「おきろ、宗次郎。」
「よく寝るよなぁ、こいつ」
「こんなにうるさい場所でよく寝ていられるな」
ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
目を開けて辺りを見回す。
枯れ枝を背景に友人たちが顔をのぞきこんできた。
「寝てたんじゃない。酔いつぶれてたんだよ」
思い出した、こいつらの悪ノリでしこたま飲まされたんだ。
危うく最後の宴会を酔いつぶれて終わる所だった。
「まあ、目が覚めたのなら問題ないだろ」
結構吐いたなとケラケラ笑っているザルの友人に恨みがましい目を向ける。
「しかしなぁ、毎年やってたこの宴会も今日で最後か」
宴会中誰もその話題には触れなかった。いや、触れたくなかった。
「寂しくなるな」
「徴兵されたんだ、喜ばしいことだろ」
握りしめた拳と歪んだ顔で言われても本心じゃないのが丸わかりだ。それでも誰も指摘はしなかった。
死にに行きたくないなどと誰にも言えはしないだろう。
「俺が死んだら誰か桜の側に墓立ててくれよ」
「なんだいきなり、死ぬ気になるの早すぎだろ」
「こういうのは先に考えとかないとな」
「この枯れ木にまだ桜が咲くのか、当分咲いてないぞ」
どうしようもない今から目を逸らす。
「初恋相手が櫻だったから桜が好きって、お前重いよ。しかもふられてるし」
「いっその事桜の下に埋めてやった方が桜ちゃんも付きまとわれる心配もなくなるんじゃないか」
付きまとってないよと騒ぎ始めるやつを見てみんなが笑った。
勝手に弁明をし始め騒ぎ終わったと思えば、いいこと思いついたと言わんばかりの顔で手を鳴らした。
「じゃあさ、百歩譲って桜の樹の下はいい、綺麗だしね。けど俺一人じゃ寂しいだろ?だからお前らも桜の樹の下に死体を埋めよう。」
彼は冗談のように話しながらもその目はどこか影がさしていた。
「誰が埋めるんだ?」
「そりゃあ、生き残ったやつさ」
その言葉が今でも頭にこびりついて離れない。
「おじいちゃんだいじょうぶ?」
目を開けて辺りを見回す。
小さな女の子が心配そうにしている。年寄りが1人で木の根元に座っていて動かないでいたから見に来たらしい。
「ああ、大丈夫だよ。少し昔を思い出していたんだ」
「むかし?あ、わたしもむかしねここらへんでころんだんだ!いたかったなあ」
この子にとって何日前からが昔だろうか。
「でもなかなかったんだよ!お母さんがあめをくれたからなかなかったの!」
女の子はズボンのポケットから出した砕けたペロペロキャンディを私に渡してきた。
「ころんでちょっとわれてるけど、あげる!」
桜の根元がむき出しのこの場所は転けやすいのだろう。昔は枯れ木同然だったのに手入れをすれば大きくなるものだな。
「ありがとう」
家族の元に帰っていく女の子に向けて呟く。
またひとつ天国であいつらに話したいことが増えた。
桜の樹の下には死体が眠っている
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