どうかその光だけは、消えないで

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「……何あの人、きもちわる」 「あんま見ない方がいいよ……、っていうかあれ盗撮じゃない?」 「もっと巧くやらなきゃ捕まるぞ……」  本人に丸聞こえの陰口が道路のあちこちから湧いてくる。  『声』はいい。いくらでも鳴け。だが足は止めるな。 「……」  ファインダーを覗きながら深く息を吸い込んで、少しずつ吐いていく。  行き交う人々で断続的に途切れる視界。それでも、レンズの向こうにあるただ一点、綺麗な緑色をした小鳥を静かに見つめ続ける。 「!」  それまで木の枝に止まっていた鳥の首が小さく振れる。次の行き先を探して視線を泳がせたようなその姿。待ちに待った瞬間が訪れる予兆。 「――すぅ……」  もう一度息を大きく吸いこみ、今度はお腹に力を込めて体の内に留める。シャッターボタンの位置を指でなぞる。画角やフォーカスは調整済み。  ――さぁ。 「――きた」  鳥が身を屈めたタイミングでシャッターを切る。  通常よりやや早い。だが羽ばたきの直前に切られたシャッターは五秒、十秒と景色の反射する光を長く集める。  そして小鳥が翼を羽ばたかせて木の枝を離れたその瞬間、ようやく音と一緒にシャッターが切れ終わった。  数秒の間を置いた後、食い入るように写真の様子をチェックする。 「――――よし」  画面には鮮やかな紫色にライトアップされた夜桜の枝から、残像の羽を纏わせた小鳥が今にも羽ばたこうとする様子が写っている。  昔から花鳥風月と言われるだけあって花と鳥は相性が良い。  そして静かに佇む桜と躍動感溢れる小鳥は、正に静と動。自然が織りなす対比表現としてこの上なく絵になる被写体といえるのではないだろうか。  これも、邪魔な観光客が綺麗に消えてくれたおかげだ。シャッターを切っている間も途切れることなく行き交っていた人々、そんなものが写り込んでしまえばこの綺麗な自然の対比は台無しになっていた。  ――やはり風景写真には『長時間露光』が最適だ。
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