3.偽物姫とイカサマ。

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「敗戦した今、イザベラがこの国を離れて愚王に舵を取らせたら国民は更に窮地に追いやられることになるだろうし、私が残ったらきっとあの愚王に殺されちゃう。ベラはそれを心配しているのでしょう?」  いつも凛と振る舞うイザベラが唇を真一文字に結んで耐えている。秒で泣けると豪語するイザベラは、自分のために涙を流したりしない。  行き先は帝国。若き皇帝セルヴィス様は無体で冷酷無慈悲と悪名高くその上悪魔の血を引いていると噂されている。  そんな相手の花嫁と言う名の人質が、敵国でどんな扱いを受けるか想像に難くない。それでも、クローゼアに私を残すよりも生存率が高いとイザベラは踏んだ。  だからこそ、ダメ押しのように行きたくないと駄々をこねた。そうしなくてもあの愚王はイザベラの代わりに私を差し出しただろうけれど。 「ねぇ、ベラ。もし、本当に悪いと思っているのなら、私に選ばせてくれないかしら」  私は冗談めかしてイザベラにそう持ちかける。 「え?」 「だって、私達2人でクローゼアの王女でしょ?」  お母様の言葉を忘れちゃった? と尋ねればイザベラはブンブンと首を振る。 『双子が魂を分けた不完全な存在なんて、そんなの迷信だわ。あなた達は2人とも私の大事な娘。この国を背負う、立派な王女です』  私達に度々そう言ってくれたその言葉は、そうであればというお母様の願望で。 『イザベラ、お姉様なのだからリィルを守ってあげて。情が深く思いやりのあるあなたなら正しく国導ける才女になれるわ』 『リィル、第二王女としてイザベラを支えてあげて。とても物覚えがよく先を見通せるあなたならどんな局面でも上手く立ち回れるはずよ』  双子が忌み嫌われるこの世界で、私達が生き延びるための知識と術を授けてくれた。 「あなたは誰が何と言ってもこの国……クローゼアの第二王女リィル・カルーテ・ロンドライン。私の可愛い妹よ」  そう言って私を抱きしめる、優しい優しいお姉様。  もしも私が帝国で死んだのなら、イザベラは絶対に自分を責めるだろう。どうして私を自分の身代わりに行かせてしまったのか、と。  全く、私の自慢のお姉様は一体どれだけそのか細い肩にヒトの命を背負う気なのか。   「どうせどっちを選んでも地獄なら平等に決めましょう」  余命僅かな私でも、私の大好きなお姉様であるイザベラに重い十字架を背負わせない事くらいはできるはず。  じゃん、といって私はコインを一枚取り出す。 「コイントスで決める、ってこと?」  眉を顰めるイザベラに、 「そう。表が出たら私は帝国で人質として王女イザベラを演じる。裏が出たら私はクローゼアで暴君王女イザベラを演じる」  簡単でしょうと私は笑いかける。 「こんな大事な事を運に任せるなんて」 「大事な事だから、よ。神様が決めたんならしょうがないでしょ。それに私だってこの国の第二王女よ? どっちに転んだって王女としての責務は果たすわ」  OK? とコインを見せた私に、しょうがないなと苦笑してイザベラは頷く。  それを見た私はピーンと親指でコインを弾き、手の甲に受け止める。 「2人で決めたんだから、恨みっこなしね?」 「分かったわよ」  イザベラの言葉を聞いて私は手を退ける。コインは、表。 「じゃ、私が帝国に行くって事で」  私は努めて明るく笑う。 「リィル!」  ぎゅっと私を捕まえたイザベラの腕は震えていて。 「絶対、あなたを取り返すから。少しだけ、向こうで待っていて」  今にも泣きそうだった。 「別にいい」 「えっ?」  私は身体を離して、イザベラと向き合う。 「向こうで死んだとしても、それは私の運命というやつよ」  私が選んだの、とイザベラに言い聞かせる。 「だから、もしどんな結果になったとしてもそれは私の責任。ベラが気に病む必要はないし、そうして欲しくない」  だからもし私が死んでも復讐なんてバカな真似はしないでと私はイザベラに釘を刺す。 「……リィル」  天色の瞳が揺れる。それを見ながら、ふっと口角を上げた私は、 「それに、向こうで私がうっかり皇帝陛下と恋に落ちちゃってたらどうするの? 人の恋路を邪魔したら馬に蹴られて死んじゃうんだよ?」  相手イケメンらしいし? と冗談めかしてイザベラに告げる。  驚いたように目を瞬かせたイザベラは、 「ふふ、私とリィルが見分けられないような相手に私の可愛い妹はやれないわね」  そう言って優しく笑った。 「じゃあ、行ってきます」  私はイザベラに抱きつき、囁く。 「うん、またね。リィル」  イザベラの姿を目に焼き付けた後、私はなるべく平静を装って部屋を出た。 (……ごめん、ベラ)  その"また"は2度と来ない。  なんて、言えるわけがない。  私は細工したコインをポケットの中で握りしめながらイザベラに何度も心の中で謝った。
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