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「で、あればイザベラ妃の提案を受け入れては?」
案外、悪くない提案だと思うんですとオスカーはセルヴィスに勧める。
「彼女の知識量は勿論ですが、記憶力・考察力・対応力がとにかく素晴らしい」
このままうちで働いて欲しいくらいですよとオスカーは絶賛する。
イザベラが寵妃としてセルヴィスの側に控えるようになって数週間。
元敵国の姫に帝国の重要な情報が漏れないようオスカーは細心の注意を払っていた。
つまり彼女に知られて困るような内容は意図的に隠していた、はずだったのだが。
天色の瞳は、政務室だけでなく城内をよく観察しているようだった。
例えば、一度確認した相手はほぼ暗記しており、出入りする使用人が前後で別人に入れ替わっていると耳打ちしてくれたり。
例えば、伝令用に使っている猛禽類が次々と死ぬという事案を聞きかじり、それが鉛中毒によるものだと原因と対策を書いたレポートをしれっと会議資料に紛れ込ませてくれたり。
例えば、城内で飾られていた鈴蘭とそれに関わった人のリストから暗殺者を割り出した上で騒ぎになる前にこっそり花を差し替えてくれたり。
他にも色々大小問わず違和感を見抜き、事件にならないよう暗躍してくれたのだが、彼女はそれを恩に着せてくるような事は一度もなく。
『今日も一日滞りなく、平和で良かったですわ』
とだけ言って涼しい顔で笑っていた。
「彼女をあそこまで鍛えた人間がいるなら、人材不足の帝国としては歓迎ですよ」
戦後の後処理に追われているはずのクローゼア。だが、イザベラが帝国に嫁いだ今でも大きな混乱には見舞われていない。
という事はイザベラが抜けても国を維持し、舵切りできる人物がいるに違いない。
「交渉次第ですが、要点を絞れば彼女が求めているのは大きく2つ。クローゼアの安全保証と自治権でしょう」
盤石とは言い難いオゥルディ帝国が今欲しいモノをクローゼアが差し出せるというのなら、その提案は一考の余地がある。
「大事な事が抜けている。彼女は、ここに留まるつもりはない」
イザベラに交渉を持ちかけられた時、彼女からははっきり告げられている。
売国し帝国から出ていく、と。
「いや、セルヴィス様。今更イザベラ妃の事手放せないでしょ」
あれだけ丁重に扱って置いて何を言っているのです? と心底不思議そうな常盤色の瞳が首を傾げる。
「何を言っている。寵妃扱いはただの演技だろう」
それに対し、紺碧の瞳は細められ訝しげに見つめ返してくる。
両者の間に沈黙が落ちること数秒。
「……無自覚ですか」
オスカーは主人の鈍さに盛大にため息をついた。
確かに寵妃に指名したきっかけは、囮と風除けだったのだろうが。
ヒトに触られるのが嫌いなくせに、毛艶が良くなるまで手入れされても文句一つ言わないくせに。
大事な恩人の温室や図鑑まで与えているくせに。
後宮に足繁く通うどころか、狼の姿の時は自分の愛称で呼ばせているくせに。
無自覚。
まぁ、今までが今までだ。
獣人として生まれたせいで、親に拒否され、呪い子などと訳の分からない理由で僻地に飛ばされ、怖がられてきたのだ。
わからなくはない。
ないのだけど。
どう見てもただの契約妃に対する態度ではないだろう、とオスカーは突っ込まずにはいられない。
「セルヴィス様、知っていますか?」
無自覚なままでは自分が何を言っても響かないだろうと判断したオスカーは、
「狼って、番を決めたら一生相手を変えないそうですよ」
セルヴィスの人間性に対しイザベラの方が寄り添ってくれる可能性に賭けることにした。
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