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31.偽物姫とお茶会のはじまり。
お茶会。
社交の場であることは変わらないが、夜会とは異なりおしゃべりを楽しむ場である。
基本的には男子禁制。
開催される家によって趣が異なるが、大抵中身は変わらない。
淑女主催のそれは、白鳥のように優雅に振る舞うその水面下でガチンコバトルが繰り広げられている、まさに淑女による淑女のための淑女の狩場なのだ。
が、本日はどうもいつもとは勝手が違うらしいと会場に足を踏み入れた瞬間気づく。
グレイスの招待状では私的で小規模なお茶会となっていたけれど、小規模と呼ぶにはあまりに人数が多い。
とりあえず主催であるグレイスを探そうと私が歩みを進れば、それまで会場に響いていた和やかな談笑はピタリと止まる。
扇子で口元を隠した不躾な視線がいくつも私に注がれる。
侮蔑、好奇、嫉妬、嫌悪。
クローゼアでの扱いで慣れてはいるが、正直気持ちのいいものではない。わかりやすい敵意は警戒し易いから構わないけれど。
「イザベラ妃殿下。来てくださったのですね」
そんな中ふわりと綺麗な笑顔を浮かべたグレイスが私の元を訪れた。
「帝国の唯一の花にご挨拶申し上げます。キャメル伯爵家のお茶会にお越しくださり、望外の喜びでございます」
帝国では"月"は正妃を指し、花は側妃を指す。
唯一をつけることで寵妃を表すそれは今の私の立場を考慮した最上級の敬意を込めた挨拶。
淑女としての礼も完璧。帝国四家の一つである娘であり主催者のグレイスが私に友好的に接した事で瞬時に空気が変わる。
「今日はお招き頂きありがとうございます、キャメル伯爵令嬢」
私も同じくらい友好的ににこやかな表情で応じる。
「とても素敵なお茶会ですね。キャメル伯爵家の交友の広さと令嬢のセンスの良さが伺えます」
実際会場に揃えられた調度品は勿論、テーブルクロス一つに至るまで一級品。
並べられた軽食すら帝国だけでは手に入らない品ばかり。
つまり財力だけでなく、陸路、海路、空路全てを押さえており、かつそれを手に入れられるだけの人脈がキャメル伯爵家にある事を示している。
「気に入って頂けたようで嬉しく思います。イザベラ妃の慧眼は帝国にまで響いておりましたので」
お母様に鍛えられた私達の鑑定眼は確かだ。
好き勝手振る舞う暴君王女と揶揄されるイザベラだけど、浪費家で珍しいモノ好きの暴君王女が所望したモノの価値は社交界で絶大な信頼を得るというのは有名な話だった。
まぁ、そうなるように仕向けたのはイザベラだけど。
簡単に言えばイザベラは広告塔だ。
良いものを身につけて、流行を生み出す。そして、貴族層をターゲットに庶民に雇用とお金を落としてきた。
まさかそれを元敵国である帝国のお嬢様が知っているとは思わなかったけど。
情報収集力まであるのか。さすが正妃候補と感心していると、
「よろしければ気軽にグレイス、とお呼びください」
グレイスがそう微笑んだ。
「では、そうさせて頂きますね。グレイス嬢」
正妃に近い彼女にそう言われ、私はにこやかに応じて彼女に手を差し出す。
彼女が握手に応じた事で、私に向けられていた不躾な囁きはすっかり小さくなった。
「お席にご案内しますわ」
「ええ、お願いするわ」
なんでも持っているグレース・ド・キャメル伯爵令嬢。
何故グレイスがここまで側妃に良くしてくれるのか? 私はグレイスのヴァイオレットブルーの綺麗な髪を見ながらそんな事を考えていた。
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