35.人外陛下は偽物姫に思いが募る。

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 会場から連れ出したイザベラは離せと喚きながら、解毒しなければとセルヴィスの身を案じる。  それなのに。 『私は別にいいんです。慣れてるし』  そう言って自分の事は顧みない。 『そもそも私を囮に使うって、そういう契約でしょ!?』  そんな風に思わせてしまった自分にセルヴィスは腹が立ち。 『この手の毒に耐性があるんです。だから平気』  それが当たり前のことではないのだとすら思わない彼女の今までがどうしようもなく悲しかった。 「……偽物、なんかじゃない」  処置後、ようやく落ち着き眠りに落ちた彼女の青白い顔を見ながらセルヴィスはそうつぶやく。  少なくとも、セルヴィスにとって彼女はもう偽物の寵妃ではなくなっていた。  そっと触れれば指先から彼女の熱が伝わり、安堵する。  セルヴィスの方はまだ毒が抜けきらず、痙攣と呼吸苦が落ち着かない。この量をイザベラが飲んでいたら、と思うとぞっとする。  目の前に置かれてあるものが毒だと分かっていても躊躇わずに手を伸ばしたイザベラ。きっとそれが有効な一手になるのなら、彼女は何度だって繰り返す。  その身が朽ちて消えるまで、何度だって。 「させるものか」  紺碧の瞳はまるでそこに敵がいるかのように、険しく細められる。  そんな事を彼女に強いる国に、彼女を返したくない。  自分の庇護下におければ、少なくとも彼女は守ってやれる。  だけど。 『可哀想なヒロインに王子様が手を差し伸べてくれるのなんて御伽話の世界だけですわ』  そう言った彼女は、きっとセルヴィスを頼ることはない。  不確定要素(読めない相手)に命運を委ねるほど彼女は楽天家ではないから。   「信頼を得るのは、難しい……な」  蜂蜜色の髪を撫でながら、いつかの夜イザベラがつぶやいた言葉と同じ内容をセルヴィスは口にする。  一方通行のままでは、きっとあっという間に彼女はこの手からすり抜けてしまうだろう。 『あなたに足りないのは、ほんの少しの勇気です』  昔母親には拒絶され、腹違いのきょうだい達からバケモノと罵られ石を投げつけられた時、逃げ込んだ先の温室でミリアに言われた言葉を思い出す。 『全員と分かりあう事ができなくとも、私達には意思疎通方法があるでしょう?』  だから言葉を尽くすのだ、と。  そう言った彼女の言葉は、先代の耳には届かなかったけれど、確かに今でもセルヴィスの耳には残っていて。  それはセルヴィスを皇帝位まで押し上げた。  嘆くだけでは何も変わらなかった。  足掻いて、もがいて、沢山のモノを失って。それでも進み続けた先が、今だ。  だから、自分から動かなければ、手を伸ばさなくては、そのチャンスすらないという事をセルヴィスは己の人生を通して知っている。 『まずは、望みを言ってみましょう。言うだけはタダです』  迷った時指針にして来た言葉に従って、セルヴィスは自分自身に問いかける。  答えは、直ぐに出た。 「……君を失わずに済む方法が知りたい」  今度、その天色の瞳に映ったなら。  まずは彼女の信頼を得ることからはじめよう。  黒い狼の姿で会う時のように、ヒトの姿でも彼女が屈託なく笑ってくれるように。
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