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36.偽物姫は陛下の隠し事を知る。
ゆっくりと意識が浮上して、私は気怠さの中で何度も呼吸を繰り返す。
ああ、今日も生きている。
大丈夫、大丈夫。とおまじないの様に繰り返し自分に言い聞かせ、私の意識はゆっくり覚醒していった。
まだ外が暗いのか部屋の中は真っ暗で、後宮の自室とはちがう匂いがふわりと香る。
これは、ローズマリーだと情報を精査していく中で私は他にも違和感に気づく。
身体が重たいのは、毒を飲んだ後よくある事だけど、それとは明らかに違う物質的な重さ。
それに加えて。
「……あったか……い?」
私は瞬きを繰り返す。
まるで、ヴィーと寝ている時みたいな安心感。
「……ヴィー?」
いるわけがない、と思いながら私は静かに黒い狼を呼ぶ。
だって、お茶会で毒を飲んで……それから……? 記憶を呼び起こし、完全に目が覚めた私はがばっと身体を起こす。
近距離で視界に入ったのは、真っ黒なフードを深々と被ったその人。
こちら側を向いて伸ばされた手は、私を守るかのようにずっと私のことを抱きしめていたらしかった。
「……陛……下……」
そうだ。
私が飲むはずだった毒をこの人がほとんど全部飲み干したのだったと私はお茶会後の記憶を思い出す。
その上、私の方を先に解毒するよう指示したセルヴィス様は私の処置が済むまで頑なに治療を受けなかった。
どう考えても重症なのはこの人の方なのに、何を考えているんだと腹立たしく思うと同時に。
「……本当に、無事で……よかった」
心の底から安堵する。
「一国の主が身体を張るなんて、どうかしてる」
沢山言ってやりたい文句はあったけれど、それよりも目が覚めて一番に視界に入ったのがセルヴィス様でよかったとどこか温かい気持ちになった。
「助けてくれて、ありがとうございます」
私が小さくお礼を言ったところで、意識のないセルヴィス様が苦しそうにうめき、荒い呼吸を繰り返す。
「……苦しい、のですか?」
こんな状態だというのに、どうして誰も部屋に控えてないの? と思いながら私はセルヴィス様に手を伸ばす。
「失礼します」
とりあえず状態を確認しようと手を伸ばしたところで、パシッと私の手首が掴まれる。
意識がないはずなのに、まるで触るなと拒絶されているかのよう。
「あなたに危害を加えたりしません」
私はもう一方の手をセルヴィス様に伸ばし頭をフード越しに撫でる。
「大丈夫。大丈夫、だから」
そのまま落ち着けるようにトントンっと軽く背を叩けば、私を掴んでいた手の力が緩んだ。
とりあえず息がしやすい体勢にと枕を使って整え、汗を拭くために黒いフードを取ったところで私の手が止まる。
天色の瞳を大きく見開き、何度も瞬きを繰り返すが見間違いではなく。
「狼、の……耳?」
そこにはふわふわモフモフとした黒い耳が生えていた。
「……ヴィー?」
パズルのピースがハマるように私の中で急速に仮定が組み上がる。
「人……狼」
それはかつて確かに存在し、滅んだ種族の名前。
多分、これは私ごときが知っていい秘密ではない。
最悪、口を封じられる可能性だってある。
だが、そんなことよりも。
「……ヴィー苦しい、の?」
薄ら開いた紺碧の瞳は私をほとんど写す事なく閉じられる。
助けなくては、と私は衝動的に動き出していた。
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