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「ああ、そうだ。リンジー侯爵家とホープ侯爵家の令嬢だが、二人とも自ら辞退したことで正妃候補から外れた」
「はぁ、左様……は?」
聞き流していた私は思いがけない言葉に思わず地が出る。
くくっと喉で笑って悪い顔をしたセルヴィス様が手に持っていた資料を放る。
「女の友情っていうのは、儚いなぁ」
どうしよう。
悪人面しても元の顔の良さとケモ耳のせいでめっちゃ頑張って悪ぶってる善人にしか見えない。
よしよししたくなる衝動をぐっと抑え、パサっと置かれた資料を手に取った私は誤魔化すようにまじまじとそれを見返す。
そこにはドロシーが辺境伯と婚約した旨とアルカが他国の魔術学院に留学したことが書かれていた。
「どうして、急に……。陛下、何か仕掛けました?」
極力セルヴィス様を見ないようにしてそう尋ねると、
「大したことはしていない」
と淡々とした声が返ってきた。
「元々この二家は先代の行いに愛想を尽かしかけていてな。それを根絶やしにした元凶の俺にも懐疑的だった、ってだけだからな。今回の件を不問にする代わりに今後も変わらず協力するよう取り付けただけだ」
従うなら現状維持、逆らうならこの件を盾にガサ入れ。
骨の髄まで清廉潔白な貴族などまずいない。特に歴史的に長く、家に連なる構成員が多い所は。
今回の件に絡んでいないなら、わざわざ痛くもない腹を探られてスキャンダルを握られるのは避けたいだろう。
「なる……ほど?」
話を聞きながらお茶会で会ったドロシーとアルカの事を思い浮かべる。
「ですが、いきなり令嬢たちを首都圏から追い出すのもいかがなものでしょう?」
家門に離反要素がないのなら、この二人から正妃を選べば良かったのでは? と疑問を浮かべる私に、
「リンジー家の令嬢はまぁまぁお転婆でな。自ら剣を片手に傭兵団に乱入するようなタイプだ」
とセルヴィス様が補足する。
あーなんかすっごく想像できる。
後宮の賭場にも来たがってたし、と私が納得したところで。
「そんな跳ねっ返りがここ数年身分を隠した上で無駄に辺境地へ赴くことが多かった。立場上言い出せなかったようだが辺境伯も憎からず思っていたようだし、国の事情で仲を裂く必要もないだろう」
「……隠してるのにヒトの恋路を暴いちゃったんですね、陛下」
「文句ならオスカーに言ってくれ」
別に好きで暴いたわけじゃない、と強めに否定しそっぽをむくセルヴィス様。
ケモ耳が先程とは違う動きをするので多少なりとバツの悪さはあるらしい。
「では、アルカ嬢は?」
「彼女が皇后に向いていると思うか?」
逆に問い返された。
アレがアルカ嬢のありのままの姿なら、正直向いているとは思えないけれど……。
私の沈黙を肯定と捉えたらしいセルヴィス様はそういうことだと頷く。
「魔術師は貴重だからな。他国の技術を学ぶついでに同類の婿でも見つけてきてくれたらホープ侯爵家も安泰だろ」
そしてその方が帝国のためになるというセルヴィス様の主張には妙に説得力があって、彼女が好きな事を続けた先で良縁に恵まれる事を祈りたくなった。
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