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1.偽物姫は今日も嘘を紡ぐ。
芳しい爽やかな匂いとともにお茶を飲み込んで、私はほっと息をつく。
「いいお茶ですね、陛下」
このお茶とても好きですと私は微笑んで、お茶のお礼を述べる。
「イザベラならそう言うと思って、多めに取り寄せた。好きなだけ飲むといい」
そう言って、彼は私に笑いかける。心安らぐ穏やかな時間のはずなのに、イザベラと呼ばれたことで、ほっとした気持ちが一瞬で凍りついた。
私に関わる全ては何もかも偽物だ。
クローゼア王国第一王女という身分。
今名乗っているイザベラという名前。
敵国に身代わりとして差し出すためだけに用意された誰かの経歴。
全部、全部、真っ赤な嘘。
だから、そんなに優しくしないで欲しい。
「どうした、ベラ?」
"ベラ"と私を呼ぶ親しげな声に罪悪感が募る。それは姉の愛称なの、なんて言えるわけもない私は曖昧に微笑みながら、彼についての情報を並べてみる。
オゥルディ帝国の若き皇帝。
私の……正確に言えば私の双子の姉であるイザベラの書類上の夫。
そして、私の取引相手。
セルヴィス・ロダリオ・オゥルディ様。
「……なんでもありませんわ」
私はそう言って首を振るとじっとセルヴィス様のお顔を拝む。
この世で最も高貴な色と称えられる漆黒の髪と紺碧の瞳。イケメンの顔は見ているだけで寿命が伸びる。まぁ実際にはそんなことないんだろうけれど。
私は窓の外を見る。蕾は大きく膨らみ、今にも咲こうとしている。もうすぐ春を迎えるのだ。そして、それは嫌でも私に終わりの時間が近いことを告げる。
「ベラ。春になったら、大々的に式をあげよう」
「お式、ですか?」
思いがけない言葉に私は驚いて聞き返す。
「ああ、婚姻の時は書類にサインをしただけで、ずっとベラの披露目をしていなかったろう。庭園の花が、全部咲き誇ったらそれはそれは見事なんだ。きっと気に入る」
今まで興味はなかったが、イザベラの花嫁姿は見てみたい。そう言ったセルヴィス様の優しい微笑みと心遣いに胸が軋んだ。
「どうした? そんなに浮かない顔をして」
泣きそうになった自分に対し、国民全てを、そして優しいこの人を欺いている私には泣く資格などないのだと言い聞かせ、自分を叱責する。
「浮かない顔? ふふ、違いますよ。陛下がそんなこと言うなんて思ってもみなかったから驚きすぎて言葉が出なかったんです」
これ以上私に未練を抱かせないでほしい。私に与えられる全部が全部、本当はイザベラのものなのに、欲が出てしまいそうになる。
「陛下が絶賛するなんて、きっととても見事なんでしょうね」
私が実際にそれを目にすることはないのだろうけれど。
「今からとても楽しみですわ」
そう言って、私は今日も嘘を重ねる。
叶うなら死ぬまでに一度だけでいい。彼に本当の名前を呼ばれてみたい、なんて決して口にする事は許されない願望を隠しながら。
彼を愛している。その気持ちだけが、私のたった1つの本当だった。
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