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「…アンジェ」
聞こえてきたかすかな声に、クリスティーナは目を覚ます。
「殿下?」
「ああ。夜中に起こしてすまない。これから話すことを落ち着いて聞いて欲しい」
はい、と頷くと王太子はベッドに入り、クリスティーナのすぐ近くに横たわった。
敵に攻め込まれた時は酷く荒れた天気だったが、今は雨も止み、静かな闇が広がっている。
あの後、縄で縛った敵の兵を調べたところ、かなり正確な王宮の内面図を持っているのが分かった。
敵の連合国軍は、この王宮のどこに国王や王妃、王太子がいるのかを熟知して兵を送り込んできたのだ。
国王達は早急に今後の戦略を練り始め、どうやらその結論が出たらしい。
二人きりになるチャンスを待って、王太子は今こうしていつもより近くで自分に話しかけているのだろうと、クリスティーナは耳をそば立てた。
「敵は既にこの王宮の内部を手に取るように把握している。そこで我々は、ここから少し離れた離宮に避難することにした」
「離宮、ですか?」
「ああ。ここから馬車で二時間ほどの所にある、こじんまりとした屋敷だ。出発は夜明け前の四時。最低限の身の回りの物だけまとめてくれ。急な話で申し訳ない。敵はいつまた襲ってくるかも知れず、一刻を争うからな」
「かしこまりました。仰せのままに」
「ありがとう。それから敵の目を欺く為に、移動中君は侍女達の馬車に乗って欲しい。父と母も、わざと質素な一番後ろの馬車に乗る」
「そうなのですね。では、本来国王陛下と王妃陛下の為の馬車にはどなたが?」
「カモフラージュとして、近衛隊員と侍女が乗る」
えっ!とクリスティーナは思わず身を起こす。
「侍女とは?まさか、ロザリーのことですか?」
「ああ。侍女の人数もなるべく減らしたいから、母の侍女と君の侍女の二人だけしか連れて行かない。そのどちらかに頼むとしたら、ロザリーだろう」
「それはいけません!」
声を潜めながら、身を乗り出してクリスティーナは訴える。
「ロザリーをそんな危険にさらす訳にはまいりません。わたくしが乗ります」
「しかし、それでは君が危険な目に遭うかもしれない。それに近衛隊員が必ずロザリーを守るから」
「いいえ。ロザリーは雷にも怯えて震えるほどか弱いのです。たとえ敵の手が及ばずとも、そのような怖い思いをさせるだけでもわたくしは耐えられません」
「だからと言って君が代わりにというのも…」
「同乗する近衛隊員が必ずわたくしを守ってくださるのですよね?でしたら何も問題はありませんわ。どうしてもお許し頂けないのなら、わたくしはロザリーと共にここに残ります」
それは!と声を上げてから、王太子は大きく息を吐いた。
「分かった。君の言う通りにしよう」
「本当ですか?!」
「ああ、君に口で勝てる人間などいないだろうな」
「あら、そんなことはございません。いつもはおしとやかに頷いておりますわ」
「どうだか…。とにかく今はゆっくり眠ってくれ。休めるうちに身体を休めなければ」
「はい。殿下は?」
「俺もここで休む。時間になったら起こすから」
「かしこまりました」
「おやすみ、アンジェ」
「おやすみなさいませ、殿下」
二人は束の間の休息を取った。
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