父との対決

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「じゃあ行ってくるよ。リリアン、いい子にしてるんだぞ」 リリアンの頭をなでてからハリスは妻のマリアンナの頬にキスをする。 笑顔を残して馬車に乗ろうとする父を、クリスティーナは呼び止めた。 「お父様。私もお供いたします」 え?とその場の皆が一斉に振り返る。 「何を言っているんだ?クリスティーナ。娘を連れて王宮になど行ける訳がないだろう?」 「お父様は右腕が不自由ですし、体調も万全ではありませんもの。私がつき添います」 「その必要はない。報告に行くだけだ」 「本当に?」 ハリスは、ギクリと表情をこわばらせる。 クリスティーナは冷たい口調で続けた。 「報告を済ませたらすぐに戻ると誓って頂けますか?ニ時間後には帰って来ると、お母様とリリアンに誓ってくださいませ」 「そ、それは…」 言葉を詰まらせる父にクリスティーナは詰め寄る。 「お父様。戦場に戻るおつもりですね?」 「あなた!まさか、そんな」 「おやめになって。お父様」 マリアンナとリリアンの悲痛な声に、ハリスはうつむいて小さく息を吐く。 「仕方ないのだよ。今この国はそれほど追い詰められている。我々が食い止めなければ、敵はこの町へも押し寄せて来るかもしれない。お前達を危険な目に遭わせる訳にはいかないんだ」 ハッと息を呑む母と妹を見ると、クリスティーナはもう一度父に向き合った。 「お父様、ご決断ください。行くのをやめるか、もしくは私を連れて行くか」 「何を言う、クリスティーナ。お前、まだ分からないのか?我が国がどれだけの窮地に陥っているか…」 「分かっているから申し上げているのです。どんなに私達が止めてもお父様は戦いの場に行かれるのでしょう?でしたら私がお守りします」 「バカな!お前は戦のことなど何も分かってはいない。どんなに恐ろしい目に遭うか、想像もつかないだろう?ましてやお前は女だ。足手まといになるだけだ」 「ではこういたしましょう。今、この場で私と剣を交えてくださいませ。私が負ければついて行きません。ですがお父様が負ければ私はお供いたします」 「な、何をバカなことを!まだ分からないのか?」 「お父様こそ、何をそんなに慌てていらっしゃるのです?まさかご自分が私に負けるとでも?」 「思い上がるな!そんなことある訳がない」 「でしたら話は簡単ですわ。私を打ち負かし、お一人で悠々と馬車に乗って出発なさいませ」 クッと顔を歪めるハリスに、クリスティーナは剣を差し出す。 「クリスティーナ!」「お姉様!」 母と妹の声を聞き流し、クリスティーナは左手で鞘から剣を引き抜くと、右手を背中の後ろに回した。 ハリスは眉を寄せる。 「…なんのつもりだ?」 「お父様にあとで言い訳されては困りますもの。利き腕が使えなかったから娘に負けた、などと」 「ふん!良かろう。お前のその天狗になった鼻、五秒でへし折ってやろう」 ハリスとクリスティーナは、互いに左手で剣を構えた。 間合いを取りながらしばらく睨み合った後、先に仕掛けたのはハリスの方だった。 剣を斜め上から一気に振り下ろす。 クリスティーナはヒラリと身をかわし、その剣を上から叩いて振り払った。 今度は真横に切り込もうとする剣を、またもや真上から叩き落とす。 キン!という剣のぶつかり合う音が何度も庭に響く。 「守るだけで手一杯じゃないか。それではいつまで経っても敵を倒せんぞ」 「お父様こそ、息が上がっていますわよ。そろそろ体力の限界では?」 「何を言う!」 ハリスが力任せに大きく振りかぶった時、クリスティーナの瞳がきらりと光った。 (今よ!) 振り下ろされる剣を下から上に払いのけると、素早く間合いを詰めて身を屈める。 「勝負ありましたわね、お父様」 左肘を曲げ、切っ先をハリスの喉元すれすれに突きつけたクリスティーナがほくそ笑む。 「くっ、お前、いつの間に左手でこんな…」 「申し上げましたでしょう?力では敵いませんもの。ありとあらゆる鍛錬を積んでまいりました」 そう言って身体を起すと、鞘に剣を納める。 「さあ、ではご一緒にまいりましょう。お供いたしますわ、お父様」 にっこり微笑むクリスティーナに、ハリスは言葉もなくうなだれた。
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