飼い猫に飼われた男

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「ごめんよ。」と、男は言った。 「僕は引越ししなくちゃいけないんだ。わかってくれるね。」 白い毛並みに琥珀色の目の猫が、男を斜めに見上げていた。 春のうららの温かい朝。 小さな家の中で、一人と一匹が向き合っている。 男は申し訳なさそうに、同じ言葉を繰り返した。 「わかってくれるね。」 男はためらいがちに、猫に手を伸ばす。 「仕事の関係なんだよ。……むこうの社宅は、ペット禁止なんだ。」 男の言っていることがわかっているのかわかっていないのか。 白猫はただただじっと首を傾げて男を見つめている。 引越し。 社宅。 ペット禁止。 あまりにも、使う単語が難しすぎる。猫には、男の思惑は何も伝わらないだろう。 ……ただ、ほんの少しの違和感が、猫に不安を抱かせたかもしれない。 「ごめんよ。」 ダンボールが、引越しトラックに山のように積み込まれる。ベッドもタンスも、皿も本も、全部綺麗さっぱり引き払われる。ただ————猫だけが置いていかれる。 「本当に、ごめんよ。」 男はちょっぴり泣いていたかもしれない。 しかし、男が一歩玄関の外へ踏み出し、青い空を見上げた時。 ————ミャアオ、と鳴いた猫の声に、彼はもう気づくことはなかったのだった。 *
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