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猫は、帰ってきた。
道路という道路をピカピカの赤いランドセルと桜吹雪が舞い踊る、四月という季節のある日。
仕事を失い、ついでに家も失い、絶望してフラフラ歩いている男の前に、不思議な猫が現れたのだ。
ほんのり桃色の淡い毛色。優美なひげが柔らかく、大きな目玉は透き通る宝石のような赤茶色。
なんだろう、と男は思った。
気品に溢れる猫だ。
そして……初めて会った猫のはずなのに、なんだか既視感がある。
と、思ったら。
「こんにちは。」
猫が喋った。
男は、危うく腰を抜かすところだった。さすがにそれは堪えたけれど、じりっと一歩足が下がった。
「私、シロです。」
薄桃色の猫は、優しく笑ってなおも言った。嘘だ、と思った男の心を覗くように、その猫はふふっと笑った。
「桜の御神木の守護猫になりまして。見た目も変わりましたし、今の名前は『サクラ』ですが。それでも私は昔あなたに飼われていた『シロ』ですよ。」
えぇ……、と。男は口端を引き攣らせていたけれど。
なんだかんだで、白猫を飼っていた時の思い出がじんわり胸を熱くしたのだろう。
ぽろ、と涙をこぼし。男はその猫に、すっと手を差し伸べた。
猫はその手に、ぽんと片足を乗せた。
「……ごめんよ。」
「全然気にしてないですよ。」
「それでもだよ……ごめん。」
「出会いと別れは、自然のなりゆきですから。あなたとまた会えただけで、私は嬉しいんです。」
“シロ“ 改め“サクラ“ 、となった薄桃色の猫。
彼女が男に向かって、ニコッと笑った……その時だった。
————白磁の桜吹雪が舞った。
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