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え、と。男の口が開いた。
ざあっと。夢幻か、揺らめく蜃気楼か。くるくるふわふわ桜の花びらが舞い踊っている。白酒にでも酔っ払ったような心地で立ち尽くす男に、猫は小さく笑ってみせた。
「どうです。綺麗でしょう。」
ああ、綺麗だよ、と。男は何も考えられずにおうむ返しのように言った。
「これが私の手に入れた力です。」
何でもないことのように澄まし顔をしながら。サクラは、「そういえば、」と呟くように言う。
「あなた、職を失ったばかりですよね。お金がなくて、おまけに家からも追い出されて、路頭に迷いそうになっている。……違いますか?」
「違わない。全部、きみの言う通りだよ。」
「誰かに助けてほしいって、思ってませんか。」
「ああ。思ってるとも。」
「それでは————猫の手、借りてみませんか?」
「………へ。」
男は、目を見開いた。
サクラはお構いなしに、「だって。」と続ける。
「私は魔法が使えるんです。そんな人は滅多にいないでしょう。ちょっと幻を見せてあげるだけで、たいていの人は喜びます。美しい桜の幻をその目に焼き付けたくて、たくさんのお金を払うでしょう。」
私に、あなたが生きる手助けをさせてください。
そう、サクラは言った。
男は悩んだ。一度は自分がこの手で捨ててしまった猫だ。今さら助けを乞うなんて、あまりにも虫が良すぎないだろうか。
しかし、そう言う男に、サクラはまたも言った。
————出会いと別れは自然のなりゆき。またあなたと会えただけで、私は嬉しい。
男と猫は、再び一つ屋根の下で暮らし始めた。
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