第30話 悪辣なる呪術師の追放

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第30話 悪辣なる呪術師の追放

 女帝――鈴華は近頃、ふわふわとした、夢でも見ているかのような気分を味わっている。  それはとても心地が良くて、その感覚を与えてくれる侍女――魅音の口付けを、昼も夜もなく自ら求めるようになった。 「陛下、可愛いかわいい、わたくしの陛下」  子守唄でも歌うように、魅音は囁きながら鈴華の頬を優しく撫でる。 「どうか夢幻に微睡んで、わたくしの可愛いお人形さん」  彼女の言葉に違和感を覚えることもなく、鈴華は夢に堕ちていく。  そうして――侍女に忠実な、言いなりのお人形、傀儡となった女帝が完成しようとしていた。 「ふふ……これで宝菜国はわたくしのもの。桃燕は力ずくで言いなりにさせようとしたから失敗した。ならば、女帝の方からわたくしにかしずくようにすればいい。北風と太陽もかくや、というもの」  魅音は声を上げて嘲笑った。  窓からの日差しが逆光となり、魅音の顔に影を落とす。  その時である。 「――ッグ!?」  魅音は突然、背中に痛みを感じてうめいた。  その背には矢が突き立っている。 「とうとう本性表したな、女狐!」  登っていた木から窓をぶち破って入ってきたのは弓矢の達人、最心用。  同時に、部屋の扉からも残りの皇子たちがなだれ込む。 「おのれェ……!」 「やはり貴女は、春雨国の生き残り、桃燕の仲間……ですね?」  最丁狭は厳しい視線を魅音に送る。 「桃燕は春雨国で呪術師に接近し、その呪術によってあの国の皇帝たちにすり寄ることに成功した……そういう調査結果が出ています」 「いくら生き汚い桃燕でも、自分の国を追われて、しかも元敵国に潜り込んで皇族に取り入るなんて、通常は不可能だ。あっちの皇族だって馬鹿じゃない、宝菜国での噂は聞いているだろうし、今度は自分たちが……ってなんで警戒しないのかなって不思議だったがね」  最猟陰が丁狭の言葉を受けて、続ける。 「そう、『通常は』不可能だった。でも、呪術という『通常ではない』方法を使って、今度は春雨国を乗っ取ることに成功したんだ。しかし、春雨国は我々との戦争に負け、国は滅び、桃燕もろとも死んだ。だが、呪術をかけたものは未だ見つかっていなかった」 「フン……それがわたくしだと、陛下の様子で気づいたのね?」 「調子に乗って、俺らを煽り倒したのが運の尽きだぜ。ゆくゆくは俺たちも追放するつもりだったんだろうが、スズカを洗脳するのに時間がかかった……ってとこか?」 「ええ、なにしろ、同時にふたり分の魂を手懐けるのはなかなか骨だったのよね。でも、いま陛下があなた達を追放すれば、わたくしの計画は完成するのよ!」  魅音は、主人公とは思えない邪悪な笑みを浮かべていた。  そして、毒蜜のような声で甘く囁く。 「さあ、陛下。貴女様の口から、この悪逆者共に鉄槌を。わたくしと二人きりの楽園、作りたいですわよね?」 「み……おん……」  女帝が双子龍を顕現させた。  四皇子は身構える。  しかし。 「――銀龍!」  女帝の銀色の龍が輝きを放つと、その光が魅音を覆った。 「きゃあああああっ!?」  魅音の叫び声は、艶のある若い女性の声から、みるみるしわがれていく。  光がおさまったときには、魅音は老婆の姿になっていた。 「う、嘘でしょ……なんてことをぉぉぉ……!」 「フン、スズカに手を出すからバチが当たるんじゃ、この愚か者が!」  女帝――経朱の銀龍の力で、魅音の体は時間を操作され……老婆にされてしまったのである。 「貴様は宝菜国から追放じゃ、とっとと出てけ! スズカが毒蛇刑を廃止しただけありがたく思うんじゃな!」 「そんなぁ……! お待ち下さい、陛下ぁ……」 「宝菜国の国境までは、この最丁狭がお届けしましょう」  ――こうして、魅音は丁狭に引きずられて、宝菜国を追い出されたのであった。 「陛下、ご無事で何よりです」 「な~にをたわけたことを言っておるか。百華、貴様スズカの一大事に何をしておった」 「返す言葉もございません」  百華は女帝の前にひざまずき、経朱は百華にデコピンをした。 「ところで陛下、折り入ってお願いがございます」 「なんじゃ、申してみよ。この経朱にお願いごとなぞ、ただで済むと思うな」 「――わたくしを、元の体に戻していただきたいのです」 「……なんじゃと?」  百華は真剣な目で女帝を見つめていた。 「わたくしが桃燕の仕業で貴女様と過ちを犯したことは承知の上です。それでも、元の体で貴女と――スズカに会いたいのです」 「――そうか」  経朱はふうと息をつき、猟陰に視線を向ける。 「良いじゃろう、ついでじゃ。猟陰、(よう)をひとつ、用意してほしい」  俑とは、日本で言う埴輪のようなもの、土人形である。兵馬俑が有名であろう。  本来は皇族の墓に一緒に埋めるものだ。 「そんなもの用意して、どうしようっていうんだい?」 「そなたら、スズカに会ってみたくはないか?」  女帝は悪巧みのような、悪戯をする子供のような笑みを浮かべていた……。 〈続く〉
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