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第31話 禁忌の龍
鈴華の魂はどこともつかぬ暗闇の中をたゆたっていた。
魅音の呪術により、夢幻に堕ちた魂は、まさしく夢を見ているようにさまよっている。
しかし、鈴華はやがて、一筋の光を見つけた。
吸い寄せられるように、その金色の光に向かって歩んでいく――。
「――ん、んん……」
「おお、目を覚ましたか、スズカ」
寝ぼけた頭で、目を擦った鈴華の目の前には、豪奢な衣装を着た見知らぬ女性が立っている。
――いいや、鈴華はこの女性を知っている。
「あなた、経朱……なの?」
「そうとも。妾こそが、宝菜国を治める女帝、宝玉宮経朱帝であるぞ」
経朱はクツクツと笑う。
「ふふっ、ようやくそなたに逢えたな、スズカ!」
「え、でもいったいどうやって……? どうなってるの?」
そう、魂が同居していた鈴華と経朱は分離したのだ。
しかも、鈴華には肉体が与えられている。
「妾はな、実は気づいておったのじゃ」
経朱は笑みを崩さなかった。
「妾の龍のちからは、禁術に指定されるたぐいのものじゃ」
「禁術……?」
「銀の龍は時間を操作し、ものや人を若返らせたり、また老いさせたりするもの。そして金の龍は、仮初めの命を与えるちから。ものに魂を吹き込むちからじゃ」
「え、まさかこの体って、誰かの死体――」
「いや、猟陰に俑をこしらえさせた。アレはなかなか手先が器用でな」
しかし、経朱の笑顔はどこか寂しいものだった。
「本来、この龍のちからが発覚すれば、妾は宝玉宮の最奥に封印されてもおかしくなかった。それを本能的に察知したのじゃろう、だから龍は顕現しなかったのじゃ」
「そうだったんだ……」
女帝は龍が顕現しない無能だったのではなく、龍を顕現させてはいけないと無意識に思っていたから顕現しなかった――のか。
もし顕現していたら、桃燕にどんなふうに悪用されていたか……考えただけでもゾッとしない話だ。
「じゃが、あの側近共に襲われたことと、スズカ、そなたが妾に取り憑くという不測の事態が起こった。それで封印していた龍が解放されてしまったんじゃろう」
おそらく、それは防衛本能のようなものだろう。
「それでな、金龍のちからを使って、そなたに逢いたかったのじゃ」
「で、でも、禁術なんだよね……? 経朱、私のせいで封印されたりしない?」
「大丈夫ですよ」
不意に背後から誰かが鈴華を抱きしめた。
鈴華より遥かに体が大きくて、抱きしめる力は優しくて。
いつかの都への視察のときと同じ感覚だった。
「私が、陛下をお守りします。この命に代えても」
顔をあげると、その人と目が合って、その目はゆっくりと弧を描いた。
「やっと、逢えましたね。スズカ」
――そこには、元の体に戻った百華が微笑んでいた。
「百華!」
鈴華は百華の腕を振りほどくと、彼に向き合って思い切り抱きしめた。
「百華、元に戻ったんだね。……でも、よかったの?」
「よいのです。私だけ記憶がない状態は、やりにくいですから」
百華は、桃燕の与えた忌まわしい記憶とともに、生きていくことを選択したのだ。
「百華、貴様スズカにベタベタするでない。妾のスズカぞ」
「陛下のものではございませんが」
「ふーんだ、妾はスズカと魂を通わせた関係ぞ」
鈴華は、経朱と百華のやり取りに、思わず噴き出してしまった。
(――ああ、そうだ。こうやって、女帝と仲良くしていれば、ゲームでもきっと上手くいっていたんだよね)
鈴華は、そう思い至った途端に、なんだか眠くなってきた。
「――む、スズカ、もうお昼寝か?」
「ゆっくり休まれるとよろしいでしょう。スズカも色々あって疲れたでしょうから」
待って。まだ寝たくない。
ここで寝てしまったら、きっともうこの世界では目覚められなくなる。
「おやすみなさいませ、スズカ」
百華の、背中を撫でる手が優しくて。
――鈴華は、眠りに落ちた。
〈続く〉
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