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第4話 最猟陰との密談
『悪役無能女帝』経朱に成り代わり、乙女ゲーでの推しである最百華を今度こそ救ってみせようと決意した鈴華だったが、「これからは善政を敷く」と宣言したものの、いざそれを実現するにはどうしたらいいのか、頭を悩ませていた。
(ねえ、経朱。政治ってどうやるの……?)
『フン、妾が知るか。政治なんぞ側近どもにやらせて、妾は遊んでいるだけでいいと言われておったからな』
(ああ、そう……。それで側近たちに任せて遊び呆けた結果が、あの傾国ってわけね……)
鈴華は呆れ返ってしまった。経朱の言う「遊び」とは侍女たちを遊戯に付き合わせて遊んでもらい、たまに受刑者を毒蛇のプールに蹴り落とすこと、というわけだ。
さて、困ってしまった。鈴華はうーん、と腕を組んで唸る。
肝心の女帝が政治をろくにやっていない、かといって側近たちは信用できないので、丸投げにするわけにもいかない。
鈴華は社会科の成績があまり良くないので、政治がどういう仕組みで動いているのかもよくわからないし、そもそもこの国が中華のいつの時代のものなのかもわからないままゲームをやっていた。まあ「中華ファンタジー」なので、あるいは色々な時代や国の世界観をミックスしたものなのかもしれないが……。
――わからないことは、誰か信用できる人間に頼ったほうがいい。
鈴華の結論は、とりあえず攻略対象である四皇子の誰かを頼ってみよう、というものだった。
そして、四皇子のうち、政治に明るそうな人物となると……政府の役人をしている最猟陰、だろうか。
思い立ったが吉日、鈴華は侍女に猟陰のいる場所を尋ねた。
「最猟陰殿下でしたら、猟陰府にいらっしゃるかと」
「『猟陰府』? 猟陰の名前がそのままついておるのか」
「嫌ですわ、陛下。皇子たちはそれぞれのお名前を冠した役場を持っていらっしゃるのはご存じでしょう?」
「あ、ああ、そうであったな。うむ、少し寝ぼけておるようじゃ。昨日なかなか寝付けなくてな。ほほほ……」
鈴華は内心冷や汗をかきながらその場をごまかす。
(ちょっと、経朱!? なんでこんな大切なことも教えてくれないわけ!?)
『フン、そなたは何でもかんでもさっさと一人で決めてしまうから、口を挟む隙がなかっただけじゃ。そなたはさぞ優秀なのじゃろうなぁ? 善政を敷いてくださる女帝様?』
(嘘つけ! いくらでも私に話しかけるタイミングがあったくせに、わざとでしょ!)
ひとりで百面相を始める女帝に、侍女は怪訝そうな顔を浮かべた。
それに気付いた鈴華は「こ、コホン」と軽く咳払いをし、早速侍女に猟陰府まで案内してもらったのである。
猟陰府に女帝がやって来たというニュースで、役人たちはみな、どこか緊張した面持ちを浮かべて女帝を待ち構えていた。
「猟陰はおるかの?」
「やあ、ご足労いただき恐悦至極です、陛下」
役場の主、最猟陰だけは、見知った客が来たようなのんびりした笑顔で女帝を出迎えてくれる。彼は身分が高いわりにあまり身なりを気にしておらず、日に当たると緑色を反射する黒い髪は伸ばしっぱなしで寝癖もついたままだ。
今日は小脇に巻物を抱えていた。
「陛下、ここにいらっしゃったということは、本気で政治を変えたいとお考えなのですね」
「うむ。ぜひとも貴殿の力を借りたい」
「ええ、喜んで。あ、君たちはちょっと席を外してもらえるかな」
猟陰に応接室へ通され、侍女たちや役人たちは立ち入り禁止で密談を行うようである。
応接室に入り、椅子に座った女帝に、猟陰は自らの手で茶を淹れた。
「それにしても妙だね。なんで君が来たんだい?」
「ん? どういう意味じゃ?」
女帝がお茶に口をつける寸前、猟陰は心底不思議そうに首を傾げて彼女に尋ねてきたのだが、発言の意味が分からず、鈴華も首を傾げる。
「いや、まさか経朱が善政を敷くなんて思うわけもないけど、まさか影武者が自主的に政治をするわけもないから、なんだかおかしいなって思っただけさ」
――鈴華は、お茶を口に含んでいなくてよかったと思った。間違いなく噴き出すところだっただろう。
「……影武者? 何の話をしておる」
「いや、せっかく人払いしたんだから、もうその仰々しい言葉遣いしなくていいって」
「……やっぱり、昨日の宴でバレてたの?」
「うん。失礼ながら演技も大根役者だったけど、そもそも宴席に来るときの歩き方がいつもと違ったなって」
歩いて席につく時点で見抜かれていたとは。鈴華は舌を巻いた。
最猟陰は四皇子の中でも一番の頭脳派だ。その優れた観察眼で、真っ先に女帝の様子がおかしいことに気づいたのか。
「更に言うと、あの高慢ちきな女帝陛下がこんな下々の前に現れるわけもないし。それより、この事態がどういうことか、拙にはよく理解できないから教えてくれない? あ、女帝陛下をどこかに監禁して自分が女帝に成り代わろうとしてるとかだったら陰謀罪として君を逮捕しなきゃならないんだけどさ」
猟陰は穏やかな口調のまま、発言の内容は恐ろしい。鈴華は背筋が寒くなるのを感じた。
「言ったところで信じてくれるか、わからないけど……」
鈴華は思い切って自分の正体を猟陰に明かすことにしたのである。
彼は興味深そうにうんうんとうなずきながら話を聞く。
「――ほう、女帝の体の中に宿った、未来からやってきた異邦人の魂ね。本気で言ってる? もしかして妄想癖が激しいんじゃない?」
「やっぱり、信じてもらえないですよね……」
「うーん、でもこの顔、影武者にしても経朱そのものって感じなんだよなあ……ここまで瓜二つの女がそうそういるとも思えないし……」
ガックリと肩を落とす鈴華の頬を、猟陰は遠慮なくむにむにと触っていた。
なにか、自分の体が女帝そのものだと信じてもらえる証拠が必要だ。
そして、その証拠のあてはある。
「私が女帝であることの証明はできます」
「龍、だね?」
さすが最猟陰、それもお見通しか。
鈴華はすぐに体から金龍と銀龍を顕現させた。
「ほう、たしかに女帝陛下の龍だ。この国の皇族にしか顕現できない龍、しかも経朱帝はこの国において史上初、二体の龍を顕現できるという。うん、たしかに立証されたよ。認めよう。君は女帝の体を間借りして、国を救おうとしているんだね」
猟陰は、敵意の感じられない朗らかな笑みを浮かべて、警戒心を解いた様子で席に座り、ゆったりとお茶を飲み始めた。皇子らしい、優雅な所作だ。
彼は賢いがゆえに、どんなにありえないだろう出来事も、真実であると分かればそれを受け入れてくれる。
鈴華はほっと胸をなでおろした。
「猟陰さん、このことはどうか……」
「うん、他の人には黙っておくよ。特に桃燕あたりにバレたらまずそうだ」
猟陰はおちゃめにウィンクする。
「ところで、君の中の陛下は今どうしてる?」
「スネて心の片隅でいじけてます」
「ハハッ、陛下らしいや」
「猟陰さんは、経朱を生まれた頃からご存じですもんね」
経朱はわずか十四歳だが、猟陰は十八歳だ。
この国の皇族における「宝玉宮」は本家、「珊瑚宮」は分家のような存在。
経朱が生まれるまで、宝玉宮に世継ぎがおらず、珊瑚宮から新しい皇帝が生まれるかもしれないと思われていたが、結局経朱が生まれてその話題は有耶無耶になったらしい。……そのあたりの内情は、珊瑚宮の四皇子たちにとっては複雑なところであろう。
しかし、少なくとも鈴華の目の前の猟陰は気にしているそぶりはない。
「よし、そちらの事情はおおむねわかった。女帝陛下に代わって善政を敷いてくれると言うのなら、拙は大賛成だ。君は拙のところに来て正解だったよ。餅は餅屋、政治なら役人に任せてくれ。拙たちが限りを尽くして手助けさせてもらおう」
「ありがとうございます、これからよろしく」
「こちらこそ。どうかこの国を――宝菜国をよろしく頼む」
二人は固く握手を交わした。
これから鈴華は、未来には滅びる運命にある宝菜国を救う使命を託されたのである。
〈続く〉
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