花の精 桜の精

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お花見が好きだからと言って、この自分は花咲かじいさんでもなければ、花咲かにいさんでもない。だから、枯れ木に花を咲かそうとたくらむこともしない。 そんなことを想いながら、満開の桜の下、カズオは一人で、おにぎりを食べていた。 3ケ続けて食べる。 梅干し入り、かつお節入り、メンタイコ入り、全部コンビニで買ったもの。 パリパリ海苔の巻きつけぐあいもうまく行って、ヒト安心と頬張ったところで、少し強めの風が吹いて、桜の花びらが真上から、ひとひら散って来る。 「あ、風情~!」 大きめの声で桜を褒めても、気恥ずかしさはない。 近場の公園、一人きりでの花見である。 お気に入りのおにぎりに、唐揚げ、玉子焼きとヒトパック詰めのおかずも美味しく、缶ビールもグイグイと進んで、気分の良さ一杯のカズオに、いっそうの風が吹き付ける。 嵐の予感? オーゲサなんだよ。 嵐はともかく、ひとひらどころでない、まとまった花弁が洪水のように、カズオの頭に降って来る。その1枚を、カズオはおどける風、舌先で巧く受け止め、口に入れた。 「おや、おにいさん、桜の花びらを、そんなぐあい、食べてしまおうってのはオツな構えじゃないかえ」 江戸の花魁風、ド派手な衣装で身を飾る一人の女人が、すると、傍に寄ってきた。 お1つどうぞ、とご挨拶代わり、手先でシナを作って、桜餅を勧めてくれる。 「手作りなんですよ、朝から張り切って拵えましたのよ」 間近で聞くその声は、野太い。 カズオは思わず笑った。 「あなた、男?」 男? と訊かれたそのヒトは、「男性にこんな美人がいるかしらん」と紅色の着物の袖をするりと宙に舞わせて、そのまま踊り出し、カズオに体を寄せる。タンゴのリズムを口で刻んで、それをBGMとしながら、 「あたしに男かと訊いたあなたはどうかしら、花咲かおにいさんかしら、それとも花を枯らすばかりの花枯らしオニーサンかしらん」 そのどちらでもない、と見得を切るには、ビールの酔いが回って来ていただろうか。 「ぼ、僕は、そんなヒマ人じゃないっすよ」 花を咲かせるも枯れさせるも、なるほど手間暇ってものが要りそうで、これは我ながらなかなかの応え方ではなかっただろうかとカズオは我が身を褒めたくなった。 「そんなこたえ方をしてくれるヒトって、あたし、少し好きよ」 花魁風のそのヒトは踊りを続けるまま、カズオにしなだれかかり、ヒマ人じゃないって言っても、ここで、こうして、昼間からお花見みたいなことをやれてるあなたって、どういうヒト?と訊く。 「ぼ、僕は、花の精だよ」 恥じらいもなく、カズオはこたえた。 「あら、そんなこと、おっしゃる。ヘイキでね」 「オッシャッテハ、イケマセンカ」 見るからにツワモノと見える花魁風のそのヒトに対抗するには、これしきのこと言ってのけてやらなくてはどうする、そんな気持の強さを、カズオはあいするのだった。 「じゃあ、一緒に踊りましょうよ」 あたしゃ花魁、あなた桜の花の精。見もの、見モノ――謡い出されれば、カズオもあらがえず、さあと手を取られるまま、慣れないステップなど踏み始める成り行きとなった。 イイぞーと野次めいた声がすぐさま、公園内の方々から投げかけられる。 「ヨッ、お二人さん、アッツアツ~」 あっという間、恋人同士にだって見立てられてしまう。 思惑通りよ思惑通りよ、と花魁風のそのヒトは得意気である。 「たくらんでいたのかい? 最初ッから」 「わかんなかった? やっぱりお若いのね、あなた」 二つの顔がほとんどくっ付くようにして言葉を交わす様子が、キスなどしているように見えたのだろうか。 やれやれ、もっとヤレー。〝」観客〟のお方達から、投げ銭代わりか、お菓子や缶ビールなど飛んでくるのを、アリガトさんです、と花魁風のそのヒトは受け止め、着物の袂に入れ込むのであった。 気付けば、踊り続けながら、花見の公園内の半周程を、もう二人は回っていた。 出口が見える。 「ちょっと疲れてきたよね」 「はい、そのようで」 頷き合うと、そのまま手に手を取ったまま公園を出る。花魁風のそのヒトは折よくやってきたタクシーを止め、さあさあとカズオを乗り込ませる。 「桜川町まで、お願いな」 花魁風のそのヒトは、ボソッと疲れ切ったおじさん声で、行く先を告げた。 そのヒトの自宅アパートまでは、10分も掛からなかった。 6畳間の部屋を、自分のとこと変わらないとカズオは見、 「お一人住まいなんですね。僕もおんなじ」と呟いたりした。 花魁風のそのヒトは、ちょっと失礼するよと断って、目の前で着替えを済ませる。 花魁風の衣装から、ジーパン、Tシャツ、その上に薄手のジャケットを羽織る。 花魁風の化粧というかメイクはまだ落とさないままなのもご愛嬌というのか、なんだか不思議な気分にさせられる、いや、不思議な気分と言えば、公園内から、その気持は途切れず続行しているとも言えそうなのだが。 そんなカズオに、楽にしてよ、と花魁風の衣装を脱いだばかりのそのヒトは小型冷蔵庫の中から、缶のジュースなど、ハイよと手渡してくれる。 「オレね、トミオって名前。五十嵐トミオ、よろしくな」 僕はカズオ、早川カズオですと名乗り返すと、 「トミーとカズーかぁ」とトミオさんは頷いて笑う。笑うと細い目がいっそう細くなって、何だかぼうふらみたいに見える。イイ人っぽいなぁとカズオは嬉しくなった。 「きみって、学生?」 「はい、休学中ですが。バイトやってます。コンビニとかで」 父親の鉄工所がつぶれかかっていて……と要らぬセツメイなどさせないまま、トミオさんは、いいよいいよそれもジンセイだよとやさしい顔をして、 「じゃあ、好都合だな」と頷いた。 「好都合?」 「ああ。だからさ、一緒に稼ごうよ」 「稼ぐ?」 「今日みたいなことやってさ、稼ぐのさ。オレは花魁、きみは桜の花の精ってね」 「はぁ?」 「桜の花は、まだまだ花盛り。市内の公園なんて片っ端から巡ってさ、さっきみたいに二人でわいわいと踊っていれば、オヒネリがね、貰えるさ」 ほら今日だって、とトミオさんは、〝観客〟の皆々様から頂いた収穫品、缶ビールなりジュースなりお菓子なりとを脱いだばかりの花魁風の着物の袖口から取り出して並べる。 これを忘れちゃいかんなと現金のオヒネリも出して、「初日だから、全部きみにやろう」とくれる。 カズオは遠慮なんてしないで頂いた。遠慮なんてしたら、却ってシツレイ、そんな雰囲気だった。そして、カズオは訊く。 「こうした、何と言いますか、パフォーマンス業みたいなのが、イガラシさんのお仕事なんですか」 チゲーよ、とトミオさんは笑った。 本職はタクシードライバーだが、毎年桜の季節になると、気持が昂るだけ昂って、えっちらほいとクルマの運転をやっているどころではなくなる――「そう。オレは根っからの桜好きでね。桜の花が咲き始めると、居ても立ってもいられず、派手な身なりをしてパフォーマンスなんてな、やらずに済ませられよーか、ってね」  トミオさんはいっそうぼうふらみたいな目を細めて、 「そいでもって、本日はだな、とうとう、きみってヒトとめぐり会うことにもなったわけさ」とカズオを見詰めてくれるばかり。 弱いよな、こういうのって、とカズオはカンゲキした。 「それにしても、きみは凄いやつだよ。桜の精、花の精です、なんて平気で言ってくれるんだからな」――そうともさ、とトミオさんは拍手までくれそうな勢いである。 「だからさ、やろうぜ。稼ごうぜ、一緒にさ。花魁さんと桜の花の精、ピッタリのカップリングってやつだよ」 そうですね、と思わず頷くカズオを満足そうに、トミオさんは見つめなおして、 「あ、忘れてたな、ゴメンよ」と手近の紙箱から、ティッシュを1枚取り出し、乱暴な素振りで、花魁風のメイクを落とす。 アハハーと笑う顔には、けっこう濃い目のヒゲが、何かの模様のように浮き上がっていた。 その日、勧められるままに、カズオはトミオさんの部屋に泊まった。 朝が来れば、さっそく桜の咲く公園巡りが始まる。 花魁風の衣装に加えて、昨日よりも大仰なかんざし付きの日本髪のカツラを被ったトミオさんだが「あんたとあたし、本格的なユニット・デビューなんだからねー」と女っぽく装うその声に、しかし隠しようもなく、マタ野太さがにじみ出るのもご愛嬌。 トミオさんがスマホで呼んだタクシーに二人で乗り込み、まずは昨日と同じ公園に出向いてのパフォーマンス開始となった。 あんたら、またやっとるのかいと昨日に続いて本日も花見とシャレ込む〝観客〟たちが、お馴染みさんのように声を掛けてくれ、トミーさんとカズオのユニットは、熱のこもったパフォーマンスを披露する。といって、二人して手と手を取り合ってのダンシングという趣向は変わらないのだが、それだけでも花見客にはウケるのだった。 お酒の酔いも回ってとご気分よろしくの彼らは寛大な拍手や喝采をくれるだけくれ、オヒネリその他のご褒美をも次々くれる。食べ物飲み物、三食付とはこのことだね、とトミーさんも笑顔笑顔で初日は終わった。 部屋に戻って、本日分のオヒネリをチェックして、半分コにするが、これオマケね、と一枚余分の紙幣を、トミーさんはくれた。 コンビニ弁当が2つは余裕で買えるな、とその千円札を、カズオは有り難く頂いた。 風邪なんて引いちゃったのでお休みしまーす、とバイト先のコンビニには初日に連絡を入れていたカズオだが、翌日にはそのまま辞めてしまった。 あとのことは知らない。桜の花が散ってしまった後のことは、その時に考えればいいのさとますます楽観の気分になるのだった。 花に酔うというならば、今の自分はまさにそんな気分の真っただ中にいるのかもしれない。酔っぱらいの自分は、先のことが不安にならない。バイトを辞めようと、何とかなるさ、実家の鉄工所だって、何とかなって持ちなおすのじゃないか、なんてことまで思ってしまう。そうだよ、桜の精が、花の精が、みーんな、いいようにしてくれる、と気分はいっそう昂まっていくのだった。 そんなカズオを見て、トミオさんも笑顔のままに言った。 「桜の花というのは、ヒョーショー状ものってやつだな」 「え?」 「桜のお花のおかげで、きみとオレは出会って、一緒にパフォーマンスをやって、そして、ジンセイ何とかなるさ、とイイキモチにさせてもらっている。滅多に味わえないことだろう」 頷くしかないカズオは、桜の花が散ってしまったら、お花見がジ・エンドになってしまったら、と今頃になって心許なさを覚える。 ここ都心の桜の見どころ場所というものは、せいぜいこの1週間前後で、盛りを過ぎる。それは確かなことなのだから。 「気にすんなって」 しかし、トミオさんはメゲる様子もない。 「これでジ・エンドってことは、ねーよ」 きょとんとトミオさんを見詰めるカズオをにっこり見返しながら、 「まだまだ、オレたちのパフォーマンスは終わらないさ」――トミオさんは少し遠くを見るような顔になった。 「ほら、桜前線だよ」 「サクラ、前線?」 「そうともさ。桜、桜、桜の前線サマを追って、追いかけて、きみとオレはパフォーマンスを続けるってもんだ」 そうさ、あしたあさってと刻々と桜前線は北へと向かう。上昇する。 「北上、北上!」トミオさんが威勢よく煽れば、カズオの顔にも花が咲く。 「一緒に行こうな、一緒にやろうな、桜の木の下でのパフォーマンス!」 「モッチロンですとも」――力強く応えるカズオに、最早怖いものはなかった。 だが、 しかし、 とは言え―― ヒョーショー状ものの桜にも、万全のちからは無かったというのだろうか。 今日で都内の公園でのパフォーマンスは打ち止め、さて、明日から、夜汽車ならぬ深夜発の長距離バスに乗り込んで、GOGO北上だッと絶好調だったトミオさんは、張り切り過ぎが災いしたか、食事のあと、猛烈な腹痛に襲われ、カズオは救急車を呼ぶまでのことをした。トミオさんは盲腸炎、急遽手術、入院の身となった。 「カッコ付かねーな」。手術後、麻酔から覚めたトミオさんはベッドの上から、カズオにゴメンよと手を合わす。 「気にしないで。これも成り行きってものでしょう。僕が看病しますよ、いえ、この病院、完全看護ってことだけど、お見舞いなんてね、毎日来ます」 心からの思いで、カズオは殊勝な言葉を繰り出したが、トミオさんは、何を言ってるんだと叱り付けるような声で諭した。 「パフォーマンスはどうするんだ。桜前線を追って追いかけての北への旅。ヤル気はないのか」 「だって、トミオさんがこうなっちゃった以上……。僕一人では、どうにもならないわけだし」 「どうして、そんなことを言う。一人が何だ、きみ一人で追って追いかけても、桜は逃げない。やってくれよ、きみだけでも。それで、花実が咲くってもんじゃないのか」 ベッドの上で涙ぐみそうなトミオさんに、カズオは返す言葉がなかった。 翌日にも、出発進行!と我が身を励ましながら、カズオはトミオさんの大きなバッグを持って、タクシーに乗り込んだ。バッグの中には、花魁風の衣装、カツラ、化粧道具など、パフォーマンスに不可欠のアイテムの数々。 経費を考慮して、鈍行列車での北上に路線変更。都内から、北関東、三陸、東北へと道程を組んでいた。カズオの胸はむろん不安を抱えながらも高揚してくる。 それでも、最初に降りた駅のトイレで、えっさえっさとばかり花魁風の衣装に身に付けるのは難儀至極、それでも出来はどうあれ何とかこなす。カツラも被って、しかし、メイクまではまだやり果せず、駅前のロータリーでタクシーに乗る。ミラー越し、風変わりな乗客を見て、あれ?という顔をしないでいない運転手は、 「ここから、いちばん近くのお花見場所まで、お願いします。急いでください、追加料金、出します」と言い切られると、厭な顔はしない。 カズオは、トミオさんから、軍資金だよとけっこうな額のオカネを貰ってもいた。タンス貯金、あっからなとアパートの部屋での隠し場所を知らせてくれるトミオさんに、遠慮はしなかった。トミオさんもそうされることを心底願っているのだと判っていた。 さて、あいよあいよとスピードを上げるタクシーが到着したのは、街中のこじんまりとした公園のように見えたが、天気の良さに釣られての花見客はスシ詰め状態、パフォーマンスを行うにヤリガイ満点といったところ。 カズオは張り切って、フラメンコと日本舞踊と、ゴーゴー踊り(YouTubeで即席の学習した)をミックスさせた一人踊りで奮戦したが、今一つ、ウケない。ノリがワルイ。〝観客〟の皆々様は、突然のパフォーマンスを前にして、お義理めいた疎らな拍手。やっぱり自分一人じゃ無理なのか。これじゃ、そのうち野次だって飛んでくるなと予感して、早々の退散となってしまった。 二日目も三日目も、結果は芳しくなかった。ビジネスホテルの一室で、コンビニ買いの弁当を寒々と食べ終わると、「帰ろっかな」、思わず溜息といっしょに情けない言葉が洩れた。 ところが、四日目、こちらの桜も散り始め、明日は一路三陸あたりへ、と覚悟を決めた矢先、1人の少年から、声を掛けられた。 「ファンだったりしまーす!」といきなり彼はイキイキとした声を寄越す。 「都内の公園から、パフォーマンス、ずっと拝見しています。つまり、ボクは、オッカケです、あなたの」 「マ、マジ?」 「そうですよ。おじさん風の花魁さんみたいな人が、ご相棒でしたよね」 歯切れよく笑顔を向ける少年に、カズオが今自分がこうしての単独パフォーマーとなった事情をセツメイすると、なるほどそうでしたかと頷いたが、すぐさま顔を輝かせて、それならボクをバディにしてくれませんかとお願いしてくる。 「やってみたい。ダメですか?」 小柄で、えくぼが印象的な少年の、思いがけない言葉をカズオが歓迎しないわけもなかった。 初心者だから、ご迷惑を掛けるかもしれませんが、とケンソンするが、ご挨拶代わりにとその場で披露する一人踊りは、どう見たって、カズオの上を行くもの。 「凄いね、きみって。いったい、きみは誰?」 ヘンテコリンな問いをしていると判っていながら、そう訊かずにいないカズオに、あっけらかんとも「花の精ですよ」と少年は応える。 あ、そうかい、とカズオは不思議にも思わない。初対面時、トミオさんに、ふざけ半分自分もそう応えたものだと思い出す。 「そうだね、きみは花の精、桜の精だね。だから、お花見用のパフォーマンスもこんなに上手なんだね、朝飯前なんだね」 「アッリガトございます。お褒めのコトバッ」 おどけて、小首を傾げ、名前はフラワー、フルネームは佐伯フラワー、まんまお花屋さんみたいでゴメンナサイと笑う。 カズオは疑ってもみない。 目の前にいる一人の少年は、紛れもなくフラワー、花盛りの少年なのだと信じられた。 佐伯フラワーくんとの二人旅。ユニットを組んでのパフォーマンスは順調に、三陸・東北と進んだ。花魁風の衣装をまとうカズオと、扮装などまるでナシ、Tシャツにジーパンという普段着姿の少年が、手に手を取り合って軽やかに踊りに踊るパフォーマンスは、何処の花見場所でもウケにウケた。 地元テレビのニュースのコーナーでもちらりと取り上げられたようで、「見たよ見たよ」とその夜の宿の仲居さんからサインなど御所望されるシマツ―― きみのおかげだよと正直な気持を伝えずにいないカズオに、美術系の大学をめざしているが1浪中、とフラワーくんは身の上を明かす。 「花の精くんでも、ローニンなんてするんだ」 します、します、と笑ってから、そんなことより、と佐伯フラワーくんは、 「会いたいな、トミオさんに」と目を輝かせた。 自分達の日々の奮闘ぶりを、カズオは画像付きで送っていて、そのつど、トミオさんから返信が来ていた。 〝オレは、カンドーしている。きみとの出会いはオレにとって、百年に1度と言っても大袈裟でない幸運なものだったが、それにも劣らない出会いってものを、きみはゲットしているってわけだな。フラワーくんによろしく〟 踊るような文面から察しても、トミオさんは日々回復しているのが判った。 桜前線を、青森は弘前まで追っかけて、カズオとフラワーくんのパフォーマンスは一応のジ・エンドとなった。 目立ったトラブルもなく、オヒネリの収穫も言うことなし。 意気揚々、都内に戻ったカズオはフラワーくんを連れて病院を訪ねた。 病室のドアを開ければ、やってくれたな!とカンゲキの声と共に、自分達を迎えてくれずにいないはずのトミオさんが、そこにはいて……とウキウキ気分のカズオであったが、あれ、どうしたことが、トミオさんの姿はなかった。 一見して、もぬけの殻。毛布一枚無しのベッドがポンとあるだけ。 看護師さんに訊ねると、疾っくに退院済みとの返事。カズオは呆気に取られるしかない。訳ワカラズのカズオに、しかし、フラワーくんは不思議がる様子を見せない。 ポツンと呟くように言った。 「トミオさんって、いえ、トミオさんこそ、花の精だったのかもしれませんね」 「えッ?」 「花の精だから、病気が治れば、居てもたってもいられずの勢いで、花を、桜の花を追っかけて、何処へなりとも飛びたつ。うん、不思議じゃない」 遠くを見遣る目をして、フラワーくんは全開の笑顔になる。 「カズオさん、落ち込まないで。僕達も追っかけようよ。追って、追いかけて、いつかトミオさんに追い付くんだ!」 列島を北上するだけ北上したかの桜前線が、脳内を一直線に駆け抜け、そうだそうだとカズオを鼓舞する。 「きみの言うとおりだな」 遠くから自分達に、おいでおいでをしているトミオさんが、今にも見えた。 行きますよー、世界中の何処にだって。何度も頷くカズオの横で、花の精、桜の精が、色よい唇を近づけて、チュッとキスした。 脳内のトミオさんの唇とそれは重なり、いっそうの元気をカズオに与えてくれるのだった。
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