サバイバー

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 8時になり家を出た。まだ寝ている夫を起こすのも気が引けたので声はかけなかった。クリニックへ行く前に自分の店に立ち寄る。  私たちは小さな雑貨店を営んでいる。観光客が多いこの町では、こんな小さなお店でも意外とお客さんがやって来る。かわいらしくアレンジされた伝統工芸品が良く売れる。  今日は平日だから、修学旅行の小学生や中学生が多いと思う。あらかじめ調べて計画に入れて来る子供たちもいるかもしれない。「ごめんね」と思いながら『申し訳ありませんが、店主都合により午後から営業します』と張り紙をし、その足で病院に向かった。    受付開始の8時30分に着いたが、すでに5番目だった。産婦人科の待ち時間は自分の体感ではあるけれど他科に比べて長い気がする。  診察開始から40分ほどが経ち診察室に通された。医師と一瞬向かい合う。医師は、私の腕と首だけ見ると体を机に戻し、パソコンを打ち始めた。  「うーん、疲れがたまってるんじゃないかな。とりあえず2、3日症状が落ち着くまで仕事休んで。落ち着かないときは1週間ぐらい休んだ方が良いかな。薬は無いから。診断書、書きます」  あらかじめ聞き取りをしてくれた看護師に「一番症状がひどいのは腹と脇腹から背中の部分」と伝えていたけれど医師は見もしなかった。  「……そんなに仕事休めないです。自営なので」  医師のパソコンを打つ手が止まった。  「ん?赤ちゃんと仕事、どちらが大切かな?」  医師は椅子を少し回転させ首をやや傾けて私の方を今日初めて見た。  今どきこんなことを言うのか……。  赤ちゃんと仕事のどちらが大切かと言われれば、もちろん赤ちゃんに決まっている。でも私は自営業だ。夫は頼りにならず、私が主となりお店を切り盛りしている。ある意味この子も運命共同体なのだ。それをこの医師に言っても仕方がない。「自営なので診断書は必要ないです」と伝え、早めに出産する病院を探した方が良いなと思いながらクリニックを後にした。
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