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3 怪獣
お花見会当日の夕方、オレンジジュースをストローで吸ってシャープペンシルを持つ。ノートに書かれた計算式の半分は間違っている。ケアレスミスが多すぎて嫌になる。無音の部屋の中、隣の部屋の雑音が聞こえてくる。掃除機の音、何かを落とす音、絶叫。悲鳴。
「……悲鳴?」
制震構造を貫通する巨大な地響きが地震に似た力となってマンションを強く揺らした。咄嗟に机の下に隠れて、水色のカーテンの隙間から見えてしまった。
長い睫毛と黒い瞳が。
「仁奈ちゃん!?」
「乗って!!」
窓を開いて手を伸ばす仁奈の白い掌に衝動的に飛び乗ってしまう。本当はこの街に現れるのは禁止されている筈なのに、どうして。
「あーあ、乗っちゃったねえ」
「仁奈、ちゃん……?」
「今日は降ろさないよ。絶対に」
仁奈は笑って歩き出す。
田舎の道路は狭く、その巨体が車の往来を著しく妨げている。田畑の上を時に通り、電線を千切りながら足を進めている。下に頓着していないのか冷静じゃないのか、その歩みには迷いがない。
「私達、初めて出会ったのは幼稚園の時だったね」
「仁奈ちゃん! 危ないよ!」
「怖がりの私をいつも導いてくれて、相談に乗ってくれて、巨人なのにいつも優しく接してくれて」
「降ろして!」
「何回命を救ってくれたのか数え切れないよ。離したくない、離さない、絶対に離してたまるか」
歩行可能な怪獣が暴れ出す。
明確な目的を持って街を巨大な腕が掠める。誰かを怖がらせるように、玩具箱の中身で遊ぶ幼児のように心底楽しそうに。このまま歩みを進めれば被害が出てしまう。でも、最早何を言っても止まらない。
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