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1 巨人
この高校を覆う影には三つの種類がある。一つ目は空に浮かんだ白雲から生まれた影で、二つ目は校庭で揺れ動く木陰だ。そして三つ目は体長十メートルの巨人の下に出来る影である。雲よりも速く動く影は夏の間は避暑地として重宝されているが、麗らかな春になると皆は巨人から離れて桜の木の下に集まり、それを少し寂しく思うのが通例だった。
「こんなに安心感あるのになあ」
「……優子ちゃんだけだよ、そう言ってくれるのは」
仁奈はその巨大な体に反比例して引っ込み思案気味ですぐに落ち込むので、友人として肩の上に乗って相談にも乗るのが私の放課後の過ごし方だった。
彼女は巨人なので体の構造上声がどうしても大きくなってしまい、周りから仁奈は豪快な性格だと勘違いされてしまっているので、最近はその誤解を解く為に日夜奔走中だ。少し大変だけど楽しいので何も問題は無いが。
「『お花見』しよっか」
「……うん」
私が合図を送ると仁奈は首を下に向けて、豆粒のような桃色を眺める。色々と考え過ぎてしまって頭がパンクする前に目前の景色を鑑賞して心を落ち着かせる。頬を触ると興奮して熱かった体温が引いていくのを感じた。彼女が怒りで暴れ出す事は殆ど無いが、感極まると涙が滝のように流れ落ちて部活動の妨げになってしまうので、今は開花した春の力を毎日借りている。
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