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「——ん」
「……」
「——まちゃん」
「……」
「瑛茉ちゃん」
「……え? あっ、はい!」
ふと、声をかけられたことに気づく。
薄暮に染まる店内。慌てて視線を上げれば、そこには心配そうな面持ちの月尾の姿があった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ……すみません、ぼーっとしちゃって」
「もしかして体調悪い?」
「いえ、全然……!」
ぶんぶんとかぶりを振り、持ったままとなっていた皿を素早く棚に戻す。大皿に中皿、小皿に小鉢。残りのコップやカトラリーも丁寧に水気を拭き取り、ようやくすべてを片し終えた。
「ありがとう。あとは俺がやっとくから、今日はもう上がっていいよ」
「え? あ、あのっ、ほんとに大丈夫なんです。すみません、ご心配おかけして……」
月尾のねぎらいに、恐縮しながら返答する。
本当にどこも悪くないのだ。ただ、いろいろと考えてしまうだけで。
「……あいつがいなくて寂しい?」
「えっ!?」
月尾の口から投げかけられた思いがけない質問に、驚愕し、狼狽える。どうやら月尾は、瑛茉の心に差す翳りを的確に見抜いているらしかった。目を伏せ、小さく肯く。
崇弥が出張へ行って、今日で三日目。
寝ても覚めても、広い家にひとりきり。毎日就寝前に連絡は取り合っているものの、同じ空間にいないというその事実に、虚しさと寂しさが際限なく込み上げてくる。
あと二日。その二日が、たまらなく長い。
「気が紛れるなら、俺としては毎日でも来てくれると嬉しいけど……休息も必要だからね。明日は予定どおりゆっくり休んで」
「……はい」
月尾の優しい気遣いが、瑛茉の胸に染み入る。同時に、ここまで迷惑をかけてしまったことに対し、申し訳なさにさいなまれた。
窓の外は、まるで燃え盛るような紅い夕空。
その美しささえも、今の瑛茉には虚しく感じられた。
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