第7話:モノクロームの棘

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 聞き馴染みのない、されど聞き覚えのある声に、瑛茉は歩みを止めた。  背筋にぞくりと走る悪寒に、肌が粟立つ。  声の主は、西園寺姫華だった。 「ちょっとよろしくて?」  柔らかく丁寧でありながら、どこか冷ややかな響きを持つ声音。  あの夜の浴衣姿とは打って変わって、ダークカラーの高級スーツを身に纏った姫華は、まさに大企業の重役といった風体だった。詳しいことはわからないが、おそらく彼女自身もなんらかの要職に就いているのだろう。 「日本語でかまわない? それとも英語のほうがいいかしら?」 「日本語でかまいません。……なんのご用ですか?」  姫華の皮肉めいた口ぶりに、努めて平静を装う。  わざわざバイト先の近くまで出向いてくるなど、よほどの理由があるに違いない。それも、崇弥が出張で不在のこのタイミングに。  一応聞き返してはみたものの、これからどんな言葉を浴びせられるのか、瑛茉には想像がついていた。  心が。  ざわめく。 「一介の学生が、崇弥さんとお付き合いできるだなんて、本気で思っているのかしら? 年齢差を鑑みても、あなたは子ども同然。家柄も、育った環境も、何もかもが違い過ぎるの。……はっきり言うわ。あなたは彼に相応しくない。子どものお遊びに彼を巻き込むのはやめて頂戴」 「……っ」  容赦のない姫華の言葉が、鋭い刃となって瑛茉の心を劈いた。突きつけられた事実、その冷酷さに、息が詰まる。  身の程をわきまえろ——切り裂くような目つきは、間違いなくそう言っていた。  痛い、苦しい、悔しい。さまざまな負の感情が、黒い渦となって瑛茉の胸中を蝕んでいく。 「……ご指摘は、ごもっともだと思います。でも……」  きゅっと、唇を噛みしめる。  自分と崇弥のあいだに横たわる、圧倒的な差。  わかっているのだ、自分が一番。その差を埋めることなど、とうてい不可能だということは。  でも。  それでも。 「あなたに、わたしのこの気持ちまで否定される筋合いはありません」  彼へのこの気持ちだけは、土足で踏みにじられたくない。  震える声を押さえつけるように毅然と告げると、瑛茉はその場をあとにした。姫華がどんな顔をしていたのか確認する余裕はなかったが、それ以上何かを言われることはなかった。  路地を抜ける。街の喧騒が近づく。  瑛茉の後ろには、落莫とした影が伸びていた。
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