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叩きつけられたドアの衝撃音が、瑛茉の鼓膜を激しく打った。
仄暗い自室。両手で顔を覆い、ベッドに崩れ落ちる。床に投げ捨てられたバッグは、まるで今の瑛茉の姿を映し出しているかのようだった。
「……ふっ……っ、う……」
涙が止まらない。
息が、胸が、苦しくてたまらない。
ずっと脳裡にこびりついている。姫華の言葉も、表情も、何もかもすべて。
煮え立つ感情のままつい反論してしまったが、彼女の言っていることは正論だった。自分はただの学生で、彼は大企業の立派な跡取りで。
目を背けていた現実を突きつけられ、逃げるようにあの場から立ち去った自分の未熟さに、嫌悪感すら込み上げてくる。
——瑛茉は、お父さんとお母さんの自慢の娘ってことだよ。
つらいとき。迷ったとき。
決まって思い出すのは、母のこの言葉。
折に触れて、母はこの言葉を瑛茉に与えてくれた。病に伏してなお、愛していると伝え続けてくれた。信じ続けてくれた。
それなのに。
自分は。
「I'm not your pride and joy at all……(わたし、自慢の娘なんかじゃないよ……)」
両親の誇れる娘になれない。
彼に相応しい女性にも。
何者にも……。
「!」
突如、空気が振動した。
転がったままのバッグから漏れ出る着信音に、肩を竦めてベッドから起き上がる。体の内側で鈍く響く鼓動。嫌な汗が、じっとりと首筋に滲んだ。
いつもより時間は早いけれど、崇弥だろうか。
「……っ」
こんな波立つ心境で、どんなふうに彼と話せばいい?
どうしよう。わからない。わからない。
怖いこわいコワイ——。
震える手を伸ばし、おそるおそるスマホを取り出す。だが、画面に表示されていたのは、瑛茉の知らない番号だった。
087から始まる十桁の番号。おそらく、日本国内の固定電話からだ。
……知らない? 本当に?
冷たい指先で、そっと通話ボタンをフリックする。
スピーカーから聞こえてきたのは、懐かしい女性の声だった。
『あっ。もしもし、瑛茉? 久しぶりやね』
「……おばあちゃん?」
< to be continued…… >
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