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重厚な扉が軋む音と、それに続く悲鳴にも似た声が、長い廊下にこだました。
「待って、崇弥さん!」
崇弥の後を追いかけるように、姫華は社長室を飛び出した。
いまだ静かな怒りを纏うその背中に向かい、すがりつくように問いかける。
「どうして私じゃ……っ、……私のどこがダメなんですか?」
哀切を帯びた声は、さながら打ち砕かれたガラスのよう。
先ほど崇弥に言われた「好きでもない相手」という言葉が、姫華の胸をひどく締めつけた。
彼は大きな勘違いをしている。自分の望むものなんて決まっている。だって、自分は、ずっと——。
「ダメなところは直します。努力だってなんだってするわ。あなたと一緒にいられるのなら。だから……っ」
乱れる髪もかえりみず、紅潮した顔で必死に訴える。
そんな姫華に対し、崇弥はゆっくりと半身だけ振り向かせると、冷淡な声ではっきりとこう言った。
「べつにあなたがダメなわけじゃない」
「なら、どうしてっ!」
「俺がダメなんです。……あの子じゃないと」
自嘲するかのような、苦しそうな崇弥のその笑みに、姫華は何も言うことができなかった。こんなにも飾ることなく感情を露わにする人だったのかと、驚くと同時に絶望した。
彼の中には、あの子しかいない。自分の入り込む余地など、どこにもない。
崇弥のいなくなった空間で、ただ茫然と立ち尽くす。
しだいにかすむ視界。
溢れたひと筋の雫が頬を伝い、廊下にひっそりと染みを作った。
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