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「え……?」
「じいちゃんとばあちゃんの思い過ごしやったらええんやけどな。帰って来てから、ほとんど触ってないやろ。スマホ」
「あ……」
「今時の若い子にしては珍しいけん、ちょっと気になっとったんや。見たない理由でもあるんか思て」
祖父の言葉に、思わず目を伏せる。
たしかに、瑛茉は帰郷してからまったくと言っていいほどスマホを見ていなかった。今なんて、携帯してさえいない。電源は入っているものの、ずっと部屋に置いたままだ。
「悩みがあるんやったら話してくれ。じいちゃんに話しにくかったら、ばあちゃんでもええ。東京帰るまでに。な?」
優しくも真剣な祖父の眼差しに、目頭がじんと熱くなる。
昔から、祖父は瑛茉にとって良き理解者だった。母に叱られて落ち込んだときも、渡米前に緊張で体調を崩したときも、いつだって寄り添い励ましてくれた。
祖父になら、すべて話せる。
母が亡くなった際、異国の地で娘の亡骸と再会させてしまったことを詫びる父に対し、「君と結婚して娘は幸せだった」と真っ直ぐ伝えた、祖父になら。
「……実は、ね……」
瑛茉は、ここ数ヶ月で起こった出来事を、すべて祖父に打ち明けた。
住んでいたマンションからの退去を余儀なくされたこと。バイト先の店長に親友との同居を提案されたこと。同居相手は九条光学の副社長だということ。
その人と、付き合っているということ。
姫華に指摘されたことも、崇弥に何も言わず逃げるように帰郷したことも、正直にすべて話した。
祖父は、ときおり相槌を打ちながら、遮ることなく最後まで耳を傾けてくれていた。
瑛茉の言葉が、ようやく途切れたとき。
「……つらかったな瑛茉。ありがとな、話してくれて」
祖父が、静かに口を開いた。
その瞬間、瑛茉は、堰を切ったように泣き始めた。声を上げ、まるで幼い子どものように咽び泣いた。
とめどなく流れる涙。そのひとつひとつが光の粒となって、はらはらと落ちていく。
「スマホ見んかったんは、その人とどう話したらええかわからんかったけんか」
「……うん……」
「そうか……。気持ちはわかるけどな、瑛茉。逆の立場やったらどうや? 瑛茉が一生懸命連絡取ろうとしとんのに、その人からなんの返事もなかったら、心配で心配でたまらんやろ」
「……っ、うん……——」
「瑛茉が一番にすることは、その人にちゃんと連絡すること。ほんで、次にすることは、お父さんに連絡することや。……お父さんに何も言うてないんやろ?」
そっと手渡してくれたガーゼで涙を拭いながら、瑛茉は小さく頷いた。そんな瑛茉の頭に、あたたかい手のひらが、ふわりと落とされる。
「大丈夫や。お父さんも、瑛茉の話ちゃんと聞いてくれる。全部話して、今はじいちゃんとばあちゃんと一緒におるけん心配せんといてって、伝えとき」
「うん。……ありがとう、おじいちゃん」
すんっと鼻を啜ると、瑛茉はようやく顔をほころばせた。祖父に対し、精いっぱい感謝の気持ちを伝える。
泣き腫らしたその顔は、まるで雨上がりの空のように澄みきっていた。
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