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「これが感謝というものなのですかね。放置されて四十五年、あなたが来てから私にも活動の意味が芽生えました」
ローレライは確かに川口に感謝している。感情は無いので寂しさなどないが、自らプログラムを停止させることもできず半世紀ずっと深海基地を稼働し続けてきた。話し相手がいるというのは「楽しい」ものだ。
「いつかあなたも、地上に帰ってしまいますけど」
年老いたら一人で活動するのはさすがに難しいだろう。基地内に介助、介護ロボはあるが、いつでも地上に戻ることはできる。今はまだ騒動の渦中なので嫌気がさして戻りたがらないだけだ。だが、地上が恋しくなる日がくるかもしれない。
「彼をサポートするAIとして。もし彼が地上に戻りたいと言った時のサポートくらいはしておきますか」
ローレライはネットワークを駆使して地上の情報を漁った。今騒動はどうなっているのか、川口が地上に戻ったら安心して暮らせる環境かどうかを調べてみる。
結果は、まだあまり良くない。犯罪者的印象が強く、この件は今世間で一番盛り上がっている。盗んだ男が定期的に川口のネタを煽っているからだ。
「放っておけばいいものを、あえて話題に出す。心理分析からは焦っている証拠。川口を悪者にして世間の目をそちらに向けているというところでしょうか。何に焦っているのやら。これはひと騒動ありそうですね」
それから数日経ったある日、珍しく機嫌が悪そうな顔をした川口がコントロールルームにやってきた。
「なんでまたこいつの顔と声を見聞きしなきゃいけないんだ、胸クソ悪い」
「仕方ないじゃないですか、映像で連絡とってきたんですから」
一人深海生活を満喫していたというのに、よりにもよって自分の研究をかすめ取った男が連絡を入れてきたのだ。その内容はほとんど脅迫のようなものだった。
「要するに盗んだ研究内容に大きな穴があるから、残ってる研究データよこせってことですね」
「俺だって研究途中だったんだから知るかっての。こいつは世界に奇跡の発見だって大々的に宣伝しちまってる。今更このポッカリ抜けた部分が分かりませんなんて言えるわけないってか? アホか」
一番肝心なところがわかっていない。そこがわからないと火星と地球が古代文明ではつながっていたのではないかという証拠にならない。世界中から批難され、しかも研究を盗んだことがばれてしまったらもう終わりだ。
「一週間以内に研究データをよこさないとこの基地の安全装置を全部停止するそうだ。あいつ今研究所の所長だってさ。出世したねえ、俺のおかげで」
「相手は新型のAIですから、私のセキュリティーでは敵いません。一週間後にはライフラインが停止です。食いつないでも二か月というところです」
「そうなるなぁ」
あっさり言う川口にローレライはしばし沈黙した。
「理不尽な死を、受け入れるのですか」
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