四月一日

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四月一日

ピコンっ。 ん? ん、んぅ〜。 目覚まし時計が鳴る少し前、スマホのメッセージ通知が一日の始まりを告げた。 『烏山(からすやま)の火山が噴火した。急いで逃げたし。』 それは、級友の橋本 真司(はしもと まさし)からのメッセージだった。 烏山は、ここ町岡市(まちおかし)と隣県との県境にそびえる山で、この町のシンボルの様なものだ。って、ヤバいだろっ。すぐに逃げないと!逃げるなら、西か!?東か!?それより家族に知らせないと。 シャッ。 僕は慌ててカーテンを開けた。 うわっ。 照りつける太陽の光が、薄暗い部屋を明るく照らし、ぼやけた視界と頭がクリアになっていく。 いつもと変わらない、いつもの景色。 あれ?………噴火は? 町岡市は、本日も晴天なり。 ピコンッ、ピコンッ、ピコンッ。グループ内通知が騒がしく鳴った。 『しょうもな。』 『さすがに騙されんわ。』 『エイプリルフールおつ。』 ああぁ。くそっ。 今日は4月1日、世にいうエイプリルフールだった。 全く、最悪の目覚めだ。これだからエイプリルフールは嫌いなんだ。 僕は一つ溜め息をついて、役目を失った目覚まし時計の設定を解除する。 「なんか、朝から疲れた…。」 ……朝飯食べよ。 「あら、恭太郎(きょうたろう)。今日は早起きじゃない。」 リビングに降りるとエプロンを掛けた母が嬉しそうに言った。テーブルには既に人数分の朝食が並べられ、父の新聞をめくる音に何だかホッとした。 「うん、おはよ。別に特別な事は無いよ。」 「そう。」 僕はイスに腰掛けるとしばらく、父が読んでいる新聞の背をボンヤリと眺めていた。自然と焦点が正されピントの合った文字は、又しても新聞のに端に書かれた。【4月1日、エイプリルフール。】という文字だった。 頭を軽くブルブル振る。 「いただきます。」軽く両手を合わせ、焼かれたトーストを頬張る。表面がサクサクしていて美味しい。 カチャン。 「はい、コーヒー。」 「ん、ありがと。」 うん。落ち着いた。いつもの朝だ。 パサッ。新聞が閉じられ父と目が合う。 「おはよう、恭太郎。」 「ん、おはよ。」 軽く挨拶を交わすと父は、少し天井を見た後にコホンッと咳払いをした。そして、カチャカチャと洗い物をする母へ「母さん、今日も綺麗だよ。」と。 危なく口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。朝から何を言ってるんだこの人は。 「あーはいはい。エイプリルフールね。」とあしらう様に母が返すと、父も「いつも思ってる事を口にしただけだ。」と譲らなかった。 まったく朝から何をやっているんだか…。 でも、お互いどこか照れくさそうで嬉しそうだ。 普段の気持ちを4月1日を口実に伝える。これは、なんだかアリだなと思った。 「ねぇ、はいつまで飾って置くつもりなの?」 僕が指差したのは、額縁に入った【感謝状】と記された表彰状だった。 決して、朝からノロける両親が鬱陶しかった訳では無い。 「いつまでって…。」 「そりゃあ、一生だろ、恭太郎。これは、家族の誇りだ。」 ……一生。しかも誇りときたか。 自分で話を振っておいてだが、何だか照れくさくなってしまった。 家族の誇りとまではいかないが、たしかに自分の誇りくらいにはなる。 僕は、今からだいたい四年前、小学5年生の頃に一人の少女の命を救ったのだ。 町の外れにある、千鳥川(ちどりがわ)で溺れた少女を助け、市から感謝状を授与された。 たまたま、所属していた地区のボーイスカウトで、人工呼吸と心臓マッサージを習ったばかりだった僕は、無我夢中で実践したのを覚えている。 「まぁ、まかせるよ。んじゃ、俺学校行くわ。」
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