4、穢れ

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4、穢れ

(よう)は、久しぶりに水川に遊びに来た。母が亡くなって体調を崩してから、此処には来れなかった。亜衣の方から月に1回麻布まで通っていた。時には父、海斗と一緒に。やっぱり亜衣ちゃんは私の親友だと(よう)は思っていた。 何時ものように一木が(よう)を横抱きして石段を登る。(よう)の体重は減りこそしていなかったが、増えない。ずっと小学生のような大きさの市松人形を一木は不憫に思っていた。 亜衣が石段の上の方で待っていた。 「会えて嬉しい。でも、此処まで来なくても私の方から行くのに。」と亜衣が言う。 「今日はお参りをしに来たの。来週から学校に行くの。神様にお礼をしたかったの。」 (よう)は一木から下ろしてもらって地面に足を着けた。そして、ゆっくりゆっくり歩く。亜衣は(よう)と手を繋ぐ。2人で本殿で参拝する。 手水でお浄めをしたら、神前に進み姿勢を正す。 背中を平らにし、腰を90度に折り、2回深いお辞儀をする。 胸の高さで両手を合わせ、右指先を少し下にずらす。 肩幅程度に両手を開き、2回拍手を打つ。 ずらした指先を元に戻す。最後にもう1回深いお辞儀をする。 この「二杯二拍手一杯」を亜衣と(よう)は2人で並んでした。その後は、また手を繋いでゆっくりと石段を降りて母屋へ行く。 手を繋ぐのは(よう)が転んでしまわないように亜衣はそうしている。 (よう)が全然大きくならないのを亜衣は心配していた。13歳から大きくならない。今、15歳なのに……。 (よう)はいつもニコニコしている。一木さんにだけは、ワガママを言う。 「ずっと、おうちにいたら歩けなくなっちゃった。亜衣ちゃんみたいに鍛えなきゃダメね。」 「少林寺拳法、やってみる?」 「無理無理。私、オタクだから。ピアノの鍵盤の相手しかできないわ。」 文恵も(よう)のことはよく分かっている。ホットミルクにシナモンを振って渡した。カップを受け取るまえに必ず、(よう)は「おばさま。いつもありがとうございます。」と正座をしてお辞儀をする。 「あのね。(よう)ちゃん。帰る前に珠の点検をしたいって、亜衣のお父さんが言ってるの。大丈夫かしら?」 そう文恵が尋ねると(よう)は、「そうですね。そうして頂けると嬉しいです。」とまたニコニコする。声は静かで落ち着いている。 身体は小さいのに雰囲気は亜衣よりずっと大人だと文恵は思った。 一木は、此処に来るとヒヒカリのところに直行する。 蔵の外からヒヒカリを呼び出す。いきなり入ってはならないとヒヒカリに言われているからだ。 「イチキです。参りました。」と言いながら蔵の戸を叩く。 晃が出てくると2人で母家の庭に行った。庭からは、亜衣達3人がいる本間が見える。イチキとヒヒカリは話し始める。 「カケルが目覚めた。厄介なことに魔物まで憑いている。もうすぐ5月だ。18になったら、直ぐ捕縛して構わないんじゃないか?」 「なるべく穏便に済ませたいと思います。亜衣と穂高の珠を切ります。2柱が追い詰めて裏の崖から突き落とそうと思うのですが、いかがでしょうか。やるとしたら、夜ですね。」 「カケル(あいつ)がそれに乗るかな。頭がいいぞ。撒かれるかもしれない。どうも私の読心が効いていないみたいだ。ブロックされている。何を考えているのかわからない。どの程度珠に縛られているのかも分からない。女王の行方は?」 「分かりません。分家に訊いたら玉座に戻ったわけではないのは分かりましたが、依然として行方不明です。」 「女王なら、一発で仕留められるのに。もどかしい。もっといい策はないのか。」 「あのう……ちょっと派手ですが…。」と言ってイチキは三番目の駒の話をした。 それを聞いたヒヒカリは「案外、それでいいのかもな。」と言ってニヤッと笑った。 陽と亜衣、文恵でお茶のお手前の話をしていたら、翔太が実果を連れて帰ってきた。 実果は髪をかき上げながら我が物顔で母屋に上がり込んだ。「お邪魔しま〜す。」と口は言ったが3人の方は見ない。 亜衣は吐き気を催した。実際にトイレに走って行った。文恵は「実果ちゃん、何か飲み物でも飲む?」と声をかけた。 「いいえ。別に。要らない。また直ぐ翔太と外に行くんで。」 (よう)は文恵に「あの方はどなたですか?」と小さな声で訊いた。 「翔太がお付き合いしている方。実果さん。」 「そうですか……こんにちは。初めまして。神澤陽(かんざわよう)と申します。翔太くんの幼馴染です。」 (よう)は正座のまま前に手を揃えてお辞儀をした。実果は(よう)をじっと見ていたが返事もしなかった。 「聞こえなかったのかな……。」と(よう)が呟いた。文恵は、この子は悪意も分からない育ちなんだと気がついた。 翔太と実果は、直ぐに外に出ていった。 亜衣が戻ってきた。「ちょっといい加減にしてよ!お母さん!あんなの家にあげないでよ!その度、吐いてるんだからね!私は!」 「だって勝手に入ってきちゃうんだもの。入ってきてから、お邪魔しま〜すって言うのよ。時既に遅しよ。」 「何の話をしているの?」と(よう)が話に割り込んだ。 「にいちゃんが、女を連れてきたでしょう。あれは穢れ者だ。私が、そういうのに敏感なの(よう)ちゃんも知っているでしょう?凄いよ。あれは化け物だよ。(よう)ちゃんは絶対に近づかないでね!」 「近づくもなにも……お二人は、とても仲睦まじいみたいよ。邪魔しないわよ。私だってそのくらい分かるもの。」と(よう)は、またニコニコした。
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