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「ねぇ、あの珠の話はどうなったの?」
「なんだっけ?」
気持ちが入っていない翔太の答えに実果はキレた。「アンタが今右手に掛けてるヤツよ!私も欲しいって言ったじゃん!」
「あ?コレ?ムリだよ。ムリムリ。」
「なんで?私は翔太と結婚するんだから資格はあるはずよ!」
なんだコイツと翔太は思った。結婚のストーリーが脳内で沸いてるわけ?意外!別にいいや。勝手に思ってりゃいいよ。俺が結婚するのは多分30過ぎ。絶対そのストーリー展開は無い。うるさいから黙っとこ。
「オヤジがさ、うるせぇんだよ。結婚するのにオヤジに嫌われたくないだろ?オヤジは凄い神経質なんだよ。今は言うな。」
「じゃあさ、代わりのお願いきいてくれる?」
「なんだよ。金ならねぇから。」
「市松人形の家に行きたい。」
「はぁ?なんで?」
「お見舞いに行きたい。」
「そんな仲だったの?何回会ったっけ?」
「一回。でも、凄く具合が悪そうだった。」
「じゃあ、電話してみる。」
「ダメだよ。突然行って驚かそうよ。明日の土曜日、朝から行こうよ。」
翌日の土曜日、実果と翔太は電車に乗って麻布に行った。着いたのは午後2時頃だった。
陽は自宅のリビングで早川葵と面談をしていた。
その時、お手伝いさんの竹塚さんがリビングに入ってきて言った。
「水川の坊ちゃんがお友達といらしています。お見舞いだそうですが如何いたしますか?」
陽は驚いた。「亜衣ちゃんじゃなくて?お兄様?弟の穂高さん?」
「水川のご長男の翔太様とおっしゃっています。お連れの方のお名前は伺っておりません。」
陽は早川医師の顔を見て「先生?」と言った。
その顔を見て早川は「そうだね。今日はこの辺で止めよう。殆ど大丈夫になったね。よく寝て食べるんだよ。」と笑った。
早川は竹塚に「一木さんは?」と訊いた。
「一木さんは旦那様に呼ばれてそちらに。」
「1人でお客様の対応するより誰かが側に居た方がいいんだが………先生でいいかな?陽さん。」
「はい。よろしくお願いします。」陽は何時ものようにニコッと笑った。
リビングに通された2人を見て早川は心臓が止まるかと思った。『神澤!』
翔太の方は初めて見る老人の驚いた表情に違和感を感じていた。陽が2人を早川に紹介した。
「水川神社の翔太君と……ええっと…。」
「安達実果です。」と実果が口を挟んだ。
「翔太君は海斗さんの息子さん?」と早川が訊くと「父をご存知なんですか?」と返事が返ってきた。
「お父様のことは良く存じ上げています。最後にお会いしたのは君のお爺ちゃんの一周忌だったかな。」
その時、紅茶と小菓子、サンドウィッチ、スコーンが乗ったワゴンを押して、別の家政婦さんがリビングに入ってきた。
竹塚とその家政婦の2人は丸テーブルに紅茶を用意し出した。
丸テーブルに円座で腰掛けることになった。陽の隣に早川、翔太、実果。実果は丁度陽の左側に居た。陽の左手には手首に「護り珠」中指にダイヤとサファイアの指輪。サファイア1カラット。その周りをダイヤが囲んでいる。
その指輪に実果は食いついた。「凄い指輪ね。」
「お母様の形見なの。いつもお母様は、これを身につけていらしたの……。」そして溢れ出した涙は止まらなくなってしまった。早川は心の中でチッと舌打ちをした。実果は、今度は「この腕輪は、本当は私のなの。私は翔太の彼女なんだから。なんで只の幼馴染のアンタがしてるの?私に返してよ!」と怒鳴った。陽の手から「護り珠」を剥ぎ取ろうとした。
陽が翔にアレを取られて死んでしまった光景が目に浮かんだ。早川は咄嗟に身体が動いた。実果が座っていた椅子を押し倒した。そして、陽を椅子から降ろし守るように庇った。
「病人になんてことをするんですか?翔太君のお友達でも許しません!」
床に転がった実果は早川を怒鳴りつけた。「なんだ!このクソジジイ!」
興奮した実果に椅子から立ち上がった翔太が声をかけた。
「実果、大丈夫か?大人が女の子に乱暴を働くのはどうなんでしょうかね?」と翔太は冷静に早川に言った。
早川は、その翔太を睨み返した。
「かける!お前がしたことは許さない!何度、あかりを殺せば気が済むんだ!」
「かける……?誰だよ…それ。」
そこに一木が部屋に入ってきた。
「先生、お嬢さんをお部屋に連れて行きます。ここはお嬢さんがいられる場所じゃないようなので。」
「そうしてください。」
陽は、それが当然のように一木に抱き上げられた。泣いていた。
リビングに残った男2人はソファーに座って目も合わさなかった。
実果はスコーンや小菓子をもぐもぐしながら、部屋の中をキョロキョロして置物に触ったり、チェストの引き出しを開けて中を覗いたりしていた。40畳のリビング。グランドピアノが存在を主張しているその部屋の中を隈無く探索した。
一木はリビングに戻ってくると翔太に言った。
「お前ら2人は帰れ!2度と此処には来るな!お前のオヤジにチクっておいたからな。」
そして、今度は早川の方を向いて「先生。海斗さんからお詫びがありました。近いうちにおいでくだると有難いのですがとのことです。」と言った。
「先生って学校の?」と翔太が呟いた。
「違う。医者だよ。」
早川は不貞腐れたような笑いを浮かべていた。
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