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長い石段を登りながら葵は、ここに来るのは何年振りだろうと思った。
翔の一周忌、一年祭の時以来だから、20年ぶり?くらいだ。もうすぐ自分も65歳になる。65ぐらいじゃ老人のふりもできない高齢社会だ。
まだまだ頑張ろうと思う。「ハヤカワーズ」のケア然りだ。私の役目は未だ終わっていない。
懐かしい水川の母家の本間で海斗と再会した。3人の子供の父親になった海斗は、翔に似ているようで全然似てなかった。雰囲気が翔とは全く違う。ずっと落ち着いた如何にも「神主さん」だ。
「お久しぶりです。お父さん。」
「お父さんって呼んでくれるの?嬉しいなぁ。」
「兄さんはどうしています?あの性格だから全然連絡がないんですよ。」
「光はね、忙しいみたいだ。私の兄のところで今は外科の副部長をしている。
年齢から言っても外科医として1番脂が乗ってる時期だからね。私にも全然連絡を寄越さないよ。多分、幸せなんだろうと私は思っているよ。」
「今日、お越しいただいたのは翔太のことなんです。先日、神澤さんのところで翔太に会いましたよね?あの子はすごく大人しい子だったんです。それが……あの実果っていう子と付き合い出してから雰囲気が変なんです。翔太は父に似ているでしょう?非科学的ですが、翔太が生まれた時からずっと、翔太は父の生まれ変わりだと疑っていて……凄く厳しく躾けました。今では真ん中の亜衣も“穢れ“と言って嫌ってまして……私も色が見えるでしょう。翔太が全くの別人になってしまったのが分かるんです。」
海斗は困惑していた。それを見た葵は何も言えないと思った。
「私は只の精神科医だ。何もできないよ。できるとしたら翔太君に問題行動や精神科の治療が必要な時に相談に乗るくらいだ。翔太君は18歳になるんでしょう?変わる時期なんだよ。そんなに心配しない。大人になる過程なんだ。きっと。彼女とのことは見守ってあげなさい。海斗だって文恵さんと高校生の時から付き合っていたと光から聞いたよ。」
「それはそうなんですけど……亜衣はこの家全体が穢れていると言っているんです。」
海斗は誰かに不安を打ち明けたいのだろうと葵は思った。
子育ては不安の連続だ。明確な方法論も答えもない。上手くいってると思っても、そうじゃないのを突然に突きつけられる。
光の性格も葵が無理をさせすぎたせいだと分かっている。
光は白黒をハッキリつけないと気が済まない。冷酷なところがある。あのお嫁さんに出会ってから大分マシになった。人を育てるのは親だけではない。周りの人々によって育てられている。また、影響も受ける。
結局は「本人次第」というところに落ち着く。
確かに翔太君の彼女は少し問題がある。でも、その2人を親が引き離すのは「最悪の一手」だ。
それだけは断言できる。
その後、文恵さんと亜衣ちゃん、穂高君とも会った。久しぶりに会った晃さんは歳を取っていた。殆ど話さなかった。
2時間ほど田中家に滞在してお暇した。帰りに神社の方へ行って本殿の前で参拝した。
ここへ来ると陽を思い出す。巫女さんの格好をして晃さんと仲良く仕事をしていた。
木曜日以外にも13年の間、何回かここに来ていた。いつも神澤は居なかった。晃さんと陽だけで掃除をしたり木の剪定をしていた。
声はかけなかった。ただ、ぼんやり2人を見ていた。あの頃は前しか見ていなかった。
今は後ろばかり見ている。
自分が歩いてきた道の全てを見ている。そして、「今、ここ」の自分が今1番若いことに気づく。行く道は1日過ぎるごとに自分が老いていく道。
それに気がついたら前を向く。その先に患者さん達が待っている。
「ハヤカワーズ」だ。
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