7、橙色の焚き火の火

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7、橙色の焚き火の火

連休が明けて梅雨になりそうな頃だった。 私は体調がいいので亜衣ちゃんのところに遊びに行こうと思った。一木さんに「水川に行きたい」と言ったら連れて行ってくれるという。 お父様の職権乱用は益々酷くなっていて、一木さんは家の中のどこかに居る。いつ帰っているの?と聞きたいくらい。 学校には何とか通学できるようになった。一木さんが運転する車での送迎付きだけれど……。周りのクラスメイトはどんどん大人になって行く。私はというと小学生みたい。小さくて可愛い女の子じゃない。人形みたいに小さい。陰で気持ち悪いと言われているのも知っている。 それでも、これが私なのだから仕方ない。私だけは私を嫌いにならないようにしたい。お父様は私を溺愛しているし、一木さんも優しくしてくれる……でも、これは立場の問題だって分かっている。 いつも一木さんは私を抱っこして石段を上がる。申し訳ないと思いつつも本当は嬉しくなる。お姫様になった気分なんだもの。重くて申し訳ないとは思っている。 水川に着いたら、一木さんは車に戻る。私は1人で母家の玄関でインターフォンを押す。今日は少し蒸し暑い。半袖のワンピースに羽織りものを持ってきた。お土産も持って来た。ありきたりだけど「マカロン」。マカロンの色は可愛いと思う。味もまぁまぁのお店のもの。それをお手伝いさんの竹塚さんに買ってきてもらった。 亜衣ちゃんのお母様が出ていらして申し訳なさそうに仰った。 「ごめんね〜。今日は亜衣居ないのよ。少林寺のお仲間と出かけちゃった。」 それは、想定内だ。今日は気分が良くて来ただけだからアポも取っていない。お母様にマカロンを渡した。 「また、伺いますね。この辺りをブラブラして帰ります。」本当にそのつもりだった。私は、ブラブラ歩いていた。迷うかもしれないと思ったけれど、大丈夫だという変な自信があった。 歩いているうちに絶対に迷わないという確信のようなものが芽生えた。どんどん山を登っていく。碌に歩けない筈なのに何かに背中を押されている気がした。 遠い昔に私はこの道を歩いた。そんな気さえしてきた。水川神社の丁度真上の方向に私は歩いていた。 「全然変わらない……。」私の中の誰かが呟く。 私は山の斜面の岩肌の裂け目の前に立っていた。そこは「入り口」だ。身体を横にすれば、中に入れる。 私は、裂け目から中に入った。横向きのまま横歩きで5メートル。 目の前に見えたのは、たくさんの焚き火の火だった。橙色の焚き火。 焚き火の火。 それを見ていたら、私の目から涙が溢れた。悲しいのとやるせ無いのと幸せなのとが全部ごちゃ混ぜになって涙しか出てこない。 私は、ずっと昔に此処にいた。遥か昔……。 現実に見えていたのは違う風景だったのに、私の心は橙色の焚き火を見ていた。 現実の目の前に見えていたのは、翔太君と彼女がセックスをしている場面だった。たくさんのランタンを灯りにして。2人とも夢中になっていた。私は、妙に肝が据わったところがあって、しばらくガン見してしまった。お嬢様が「きゃあ〜!」とか言うと思って?それは人間観察が甘いわ。大抵、わたくしのような育ちの者は肝が太いのよ。だからお茶席でも何でも来いや!なのよ。 とは言っても他人の営みを観察するのは、あまりいい趣味じゃない。ただ、此処でソレをするのかという怒りは有った。此処は特別な場所なの。聖地よ。 翔太君は私を睨みつけると石を投げてきた。拳大の笑えない大きさの石よ。何個も何個も投げつけてきた。確率ね。2個が命中しちゃった。私は左手で庇ったんだけど、「護り珠」にガツって当たって1個。2個目は私の頭に命中。でも、威力がないから私はさっさと逃げ出したわ。 頭の方から生暖かいものが流れ落ちて目に入る。でも、走って一木さんがいる車のところまで戻った。 一木さんは、私の流血っぷりに腰を抜かさんばかりに驚いた。 「(よう)さん、一体どうしたんですか!」 その声を聞いたら、私の意識が遠のいた。
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