13、盆の入り

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二日後の夜、憔悴し切った一木が水川に現れた。一木は勝手に母家に上がり込むと海斗のそばに近づき、イキナリ「護り珠」を抜いた。 「何をするんですか!」海斗が声を荒げた。その右手を押さえて一木は「暫し待たれよ。カイト。」と言った。 5分経過するとカイトの方から「何があった?イチキ。」と声をかけた。 イチキは真っ青な顔をしていた。 「あの方と(よう)が居なくなりました。車ごと消えたのです。私の責任です。皆を起こして「ことつぐの儀」を行なってください。」 「あの方と(よう)?あの方ではないか?」 「違うのです。あの衣には二つの気が入っていたのです。」 「なんと言うことだ!分かった!すぐやるぞ!」 カイトは文恵の額を右手の人差し指で軽く突いた。文恵は、ふにゃりと倒れて気を失った。「亜衣、穂高、じいちゃん、翔太…翔太はいるか?」 「居るよ…。」と翔太が奥から出てきた。「全員、珠を外せ!」 「え〜っ!コレ外すと死んじゃうでしょ。」と亜衣が文句を言う。カイトは大声で「死にはせぬ。寿命が短くなるだけだ!外せ!さっさとしろ!全員外せ!」と怒鳴る。 翔太、亜衣、穂高、じいちゃんの全員が珠を外した。5分後、カイトが「これより、ことつぐの儀を行う。全員、装束に着替えて参れ。」 アイとホダカは直ぐ2階に行った。翔太だけが立ち尽くしていた。じいちゃんは蔵に向かった。 「お前は意味がわからぬのか?お前は誰だ?カケルだろう?」 「何が何だか意味が分からない!なんなの?みんな変だよ!」 「わからぬのならいい!庭に出ていろ!中を覗いたり聞き耳を立てたりしてはならぬ!」 翔太は庭に出て行った。ヒヒカリが正立方体の桐の箱に入った『大球』を持ってきた。全身白い斎服を身に纏っていた。カイトも急いで白の斎服に着替えた。アイもホダカも身支度を整えて2階から降りてきた。 (よう)が珠を翔太に割られた日に、一木拓也が田中晃にした質問は、この大球の使い方だった。 大球は高天原における祭祀の神器の一つだった。女王はこれを如何様にも使うと言うことを晃から聞いた。 そして、カイトは高天原の祭員であることもイチキは、あの日に知った。 ヒヒカリが大球を取り出し、箱の中にあった大球とそれを載せる銘仙判を出した。大球は占いに使う水晶球に良く似ている。 大球は、儀式が行われるその空間の中心に置かれる。銘仙判の上に。 それをヒヒカリ、アイ、ホダカが三方から囲む。正座だ。三柱とも、右手の人差し指を大球の方に向ける。ヒヒカリの後ろにカイトが立って大幣を降りながら祝詞を唱え出す。それは、日本語の祝詞とは少しリズムが違う。間伸びした感じだ。 ヒヒカリ、アイ、ホダカは目を閉じている。2分後、祝詞のリズムが変わるテンポが上がる。早くなる。3柱の身体が揺れる。トランス状態のように。祝詞はずっと続く。 アイが言葉を発した。「もう、何もありません。一部があります。O田区の廃工場です。住所も…分かります。書くものを。」 イチキは慌てて紙と鉛筆をアイに渡す。 ホダカも言葉を発した。「女王は帰還いたしました。誰にもお会いになりません。」 アイがまた声を発した。「ようは、何もありません。気も残っておりません。身体のほとんどが消えた……大量の血痕が一部のそばに残っています。死にました。殺されました……。良い子だったのに…。」アイは泣きながら話していた。 「それ以外に何かないか」とヒヒカリが聞く。アイもホダカも「何もありません。何もないのです。」を繰り返す。 ヒヒカリがカイトの方を向くとカイトは祝詞を終わりに向かって唱え出した。 「以上で『ことつぐの儀』を修了する。全員装束を脱いで珠をはめよ。この儀で3年時を失った。」 アイとホダカは二階に行った。ヒヒカリは大球を持って蔵に下がった。カイトは装束を脱ぐと服に着替えてイチキに言った。 「我らは珠に縛られる。後は頼んだ。イチキ。」そして、カイトは珠を嵌めた。 海斗が気がつくと一木が1人で母家の玄関にいた。 海斗が「一木さん、お一人で?」と訊くと、一木は涙を流して言葉が出ないようだった。 「どうしました?!」と異変を感じた海斗は裸足のまま玄関に降りた。一木の両腕を掴んだ。 一木は泣きながら「お嬢さんが車ごと誘拐されてしまいました。私の責任です。未だ報道規制が引かれていますので、ご内密にお願いします。」と言うと膝をついて泣き崩れた。
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