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「ただいま」
夫、大野大吉が帰ってきた。35歳食肉加工会社に勤務している。
「あら、早かったのね。具合でも悪いの?」
と、聞いたのは妻美幸30歳。専業主婦である。腕には2歳になる息子康太を抱いている。
「ごめん、リストラされた」
「どうして、何があったの、折角係長になったのに・・・」
「僕のウエストが100㎝丁度だったんだ、君も知ってるだろう自己管理能力がないということで首になるってことは」
「ええ、知ってたわだから食事には気を付けてたのに」
「ごめん、実はジムの帰りにフアミレスによって食べてたんだ」
「何ですって」康太を落としそうになったため、慌てて椅子に座らせた。落ち着いて話を聞くことにした美幸はテーブルをはさんで夫に言った。
「私の努力は無駄だったってこと」
怒りが抑えられない。
「大丈夫だと思ったんだ。君の料理を食べてればたまに食べるお肉とビールはゼロカロリーだと」
「呆れた、これからどうするの?」
「三日後には出なければならない」
「たった三日で家を捜すの、無理よ」
「ここは社宅で家具付きだから、手に持つだけで十分だろ」
「何言ってんのよ康太のものは置いてくの」
「代替えの家は会社が用意してくれてる。仕事と家が見つかるまで住んでていいそうだ」
「不思議よね、厳しいのか親切なのかわからない。だったら親会社の関連会社に就職させてくれるのかしら」
「僕にも詳しい事はわからない。とにかく君に迷惑をかけてしまったことを謝るよ。三月に一度の抜き打ち検査だったんだ」
と、うなだれてる大吉。
昔は痩せてスマートだったが結婚してどんどん太ってきた。中年太りに入ったのだろうか。確かに結婚当初は夫の好きなものばかり作っていた。その結果が子の様な体系を作ってしまったのだろうかと・・・
車に荷物を積み地図を頼りにたどり着いた時は夕方になっていた。
「ここだと思うんだけれど、ちょっと聞いてくるよ」
車から降りて一軒の家を訪ねた。
「すみません」
引き戸が開いた。
「どちら様」
白髪交じりの見るからにおばあさんと言う風な人が出てきた。
「あの、この家を探しているのですが」
「ああ、ここの隣ですよ。今度越してくる人たちが来るという連絡は受けてます。さあどうぞ部屋も片付けたし掃除もしてありますからすぐに使えますよ」
垣根を挟んだ隣の家だった、車に戻り駐車場に入れた。
「この家だ、さあ入ろう」
二間ある日本のアパート様式だ。荷物を入れひと段落したころにはすっかり暗くなっていた。
「途中買い物してきてよかったわ、周り何にもないのね」
「確かに、寂しいところだね」
「ごめん下さい」
「どちら様」
「隣のもんです」
「こんばんは、どうなさったんですか。挨拶は明日行こうって妻に話してたところなんですよ」
「いえね、頂き物で失礼かと思ったんですが私一人では食べきれないのでよろしかったら召し上がって頂こうと思いまして」
と、言って手に持ってる豚肉の焼き肉用を渡された。
「これは、ありがとうございます」
「いえ、いえ」
と、言って帰って行った。
「お隣さんからお肉頂いたよ、さっそく食べよう」
「そうね、焼き肉なら簡単だものね。玉ねぎとピーマンシイタケも」
500gの肉を食べ終えた。康太もお肉は大好きでよく食べた。
翌朝、天気はどんよりとした曇り空で7時なのにどうしてこんなに暗いのかと言うほどだった。扉をどんどん叩く音がした。台所で朝食の準備をしていた手を休めて開けようとしたところ鍵が開いた。鍵かけ忘れた?思う間もなく二人の男が入ってきた。美幸を見ると二人顔を見合わせて驚いていた。
「失礼」そういうと寝室のふすまを開けた。
布団の中で気持ちよく寝ている親子の豚がいた。
「子豚、もしかして私の子、噓でしょねえ、嘘よね」
一人の男は黙って子豚を抱えた。子豚が泣き出した。
「返して、私の子」
足にしがみついていると別の男がその手を振り払いながら言った。
「昨日食べた肉のせいだ」
肉、にくにくあー私は食べなかった。だから男たちが驚いた。
「連れて行かないでお願い」
車の後を裸足で追いかけたが無駄だった。隣の家に行ってみると誰もいなかった。無性に腹が立って家に駆け戻り、気持ちよく寝ている豚になった夫を蹴りつけた。何度も何度も蹴りつけても起きない。
昔学んだことを思い出した。人の遺伝子がアミノ酸配列を決めて人の身体の為のたんぱく質を作ると。あの豚肉には豚になるための遺伝子が組み込まれていたのかと・・・
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