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後藤 翔④
「着いたぞ」
駅前と言っていたのに、そこは商店街の裏路地にある古臭い喫茶店だった。電飾の看板に『デア』と書いてある、店名だろう。
「本当にここなのか?」
「ああ」
一見では入りにくい雰囲気の店だが、真田は躊躇なく木製の扉を引いた。ドラベルがチリンと鳴り、店内のカウンターにいる口髭を生やした白髪のマスターがコチラを一瞥してから笑顔をみせた。
「いらっしゃい」
「こんちわ、窓際いい?」
真田は道路に面した奥のボックス席を指差した。
「もちろん、ご覧の通り閑古鳥が鳴いてるよ」
一連のやり取りを聞いて真田が常連客なのだと悟ると少し安心した。奴の後に続いて席に座る。
「アイスコーヒー二つね」
「はいよ」
マスターが手を止めてコーヒーの準備を始めた所で真田に話しかけた。
「いつもあんな態度なのか?」
「ん? ああ、常連客以外には愛想ないよあの爺さんは、まあ趣味でやってるようなもんだって言ってたし、こんな路地裏じゃあ新規の客も――」
「橋本瑠璃菜だよ」
「そっちね」
当たり前だ、誰があんな爺さんに興味を持つ。
「ルックスだけならグループでもトップクラス、にも関わらずあのやる気のなさだろ、最初はそれがウケてかなりのファンが付いたんだよ。でも結局長続きはしなかったな、当然だろ、こっちは金と時間を大量に消費してるんだからな、それでも本人にトップになってやるって言う気持ちがあれば別なんだけどさぁ――」
「それも感じられない……と?」
「ああ、なんて言うか。売れる気はまったく無いって感じでわざと悪態ついてるような気もするんだよなー」
小学生の橋本瑠璃菜を少ない記憶から呼び起こすが、沢山の友人に囲まれて学力も運動神経も良かった気がする。読書モデルなどと芸能人の真似事をしていると、他の生徒からやっかまれそうなものだが、彼女の悪口を聞いたことは無い。遠い記憶にある太陽のような笑顔と、先ほど見た仏頂面がどうしても結び付かなくて、同一人物かさえ曖昧になってきた。
「アイス二つね、真田くんの友達?」
シルバーのトレンチからアイスコーヒーをテーブルに移動させながらマスターが聞いてきた。シワだらけの顔がクシャリと笑顔になる、まさに好々爺。
「はい、後藤翔と言います」
ハキハキと目を見て挨拶すると、マスターはウンウンと孫を見るような目で頷いた。
「真田くんもイケメンだけど、翔くんはさらにカッコいいねえ、俳優さんみたいだ」
俳優とは演者であって二枚目もいればブスもいる。俳優=二枚目という発想はかなり昭和な感性だ。
「ありがとうございます」
丁寧に礼をすると、名残惜しそうにマスターはカウンターに引っ込んでいった。話し相手がいなくて暇なのだろう。
「それでもお前はファンをやめていない」
貼り付いた他所行きの笑顔を剥ぎ取ってから真田を問いただした。
「え、ああ、まぁ……」
この男にしては歯切れが悪い。
「なんだよ、何かあるのか?」
「秀吉さんから聞いたんだけどな」
秀吉、先程の連中の一人だろうが誰のことか分からない、まあ興味もないから無言で先を促した。
「彼女もともと片親だっただろ?」
「知らん」
そうだったのか。そんな雰囲気は微塵も感じた事がない。片親特有の悲壮感や、無理に明るく振る舞うといった分かりやすい特徴が彼女には無かったような気がする。
「父親に男で一つ育てられていたらしいが、その父親が中学生の時に病気で亡くなったんだと」
そいつは気の毒に。それ以上でも以下でもない。そんな奴は五万といるだろう。
「今は施設にいるらしいが、離婚した母親の所には生き別れになった弟がいるみたいなんだ」
「ふーん」
「秀吉さんが言うには、どーも瑠璃菜はその弟を探していると、その為に彼女はやりたくも無いアイドルになったらしい」
「意味が分からん」
「いや、消息がまるで掴めないから、自らがメディアに出る事で見つけてもらおうって作戦だよ、だから本名なんだって」
「意味がわからんて言ったのは、それならもっと一生懸命頑張って、顔と名前を売った方が良いだろって事だ」
「ああ、それは確かに……。まあ秀吉さんの妄想かも知れないけどな」
「しょーもなっ」
それからニ時間が経過した、話す事もなくなり腹はアイスコーヒーでタプタプだ。本当に橋本瑠璃菜はこんなボロい喫茶店に現れるのだろうか。真田に嫌疑をかけそうなタイミングで入口のドアベルが鳴った。柄にも無く心臓が跳ね上がる。
「マスターこんにちわ!」
「お、いらっしゃい瑠璃菜ちゃん」
果たしてそこに現れたのは、私服姿の橋本瑠璃菜だった。白のオーバーオールにポニーテール。先程のアイドル然とした格好よりも遥かに自然で美しかった。
「お腹すいたぁ、ナポリタンとコーラで」
「大盛り?」
「もちろん」
勝手知ったる馴染みの喫茶店よろしく、マスターとの掛け合いが終わると、窓際に座る俺たちを発見して彼女は破顔した。
「ごめんごめん、待ったでしょ?」
「ああ、大分な」
心臓の高鳴りが止まらない、ドキドキする。なんとか平静を保つようにしているが、真田にバレていないか心配になる。
「奢るからさ、何でも食べてよ。ナポリタン美味しいよ」
「いらね」
食べ物が喉を通る気がしない。こんな事ならば彼女が来る前に何か食べておけば良かったと後悔した。
「真田くんとお友達だったんだ、すごい偶然。いつもありがとね」
「いえ、拙者は全然。姫に会えるだけで至福の喜びであります」
何なんだよそのキャラは。
「小学校以来だよね、後藤くんは中学校から私立に行っちゃったからさ」
「ああ、あんなレベルの授業じゃ受けてる意味ねえしな」
バカバカ、俺の馬鹿。これじゃただの高飛車で嫌な奴だろうが。表向きは謙虚にならなければと理解していても、彼女を前にすると緊張で上手く話せない。
「まぁ、公立は家から近いから便利だよな」
フォローになっているだろうか、チラッと彼女の顔を見るとジイッとコチラを凝視している。俺ともあろう男が目線を合わせる事が出来ない。
「変わってないね……」
彼女がクスッと笑いながらはにかんだ。俺にだけ向けられた橋本瑠璃菜の笑顔が眩しい。比喩にも関わらず思わず目を細めてしまった。
「なんでアイドルなんかやってるんだよ」
アイドルなんか――。しまった、つい彼女の夢を蔑視するような物言いが口をついてしまう。
「実はね……」
橋本瑠璃菜がテーブル越しに身を乗り出してきた。俺の目の前にめちゃくちゃ可愛らしい顔があり、思わず息を呑んだ、のは隣に座る真田も同様で『ゴクリ』と生唾を飲む音が聞こえた。
「人探しをしてるの」
「「人探し?」」
真田と声が重なった。そんな様子をみて彼女はコロコロと笑う。「仲が良いね」と。
アイドルと人探し、一見してなんの脈絡もないように感じるが、先ほどの生き別れた弟の話をおもいだす。そんな思考を巡らせていると、頭上から声が掛かり我に返った。
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