後藤 翔⑦

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後藤 翔⑦

ルースとグリフィンはSNSの闇バイト募集で発掘した逸材だ。ホームレスを使うアイデアは悪くなかったが、やはり対面でこちらの顔が割れるのはリスクが高い。田代の件にしても、一歩間違えれば自分まで操作の手が及んでも可笑しくない稚拙な作戦だった。若さゆえの無知、しかし失敗から学んで成長していくのが俺の長所とも言える。  新たなる人材確保のために、まずは簡単なアルバイトをSNSで募集した。例えばターゲットは問わずに、とにかく誰かを尾行して家を突き止める。その様子を指定した動画サイトにアップロードしてくれたら三万円。日本人は参加不可とする。  俺の偽アカウントのプロフィールは暇を持て余した金持ちの、日経ブラジル人を演出している。時折り呟く内容も豪華客船でカジノに興じる写真や、意味もなく現金を床にばら撒いて、その上で寝転がる承認欲求丸出しの成金ツイートだ。それらの写真は主にフリーの素材を利用していたが、中にはリアルに親父から送られてきたやつを加工してアップしていた。  日本で出稼ぎをする東南アジア系の外国人フォロワーは着々と増えていき、今では数万人がこのインチキ偽アカウントをフォローしているが、流石に怪しげな闇バイトに参加するような変人は少なかった。それでも、少しずつ参加者は集まり、俺の希望に沿う外国人もチラホラ出てきた。  仕事が出来るかを判断するには、レスポンス、コミュニケーション能力、計画性、行動力など様々だか一番大切な事は、相手の要求を正しく理解しているか、それに尽きる。 『誰でもいいから尾行せよ』  その曖昧な指令を読み取り、こちらの意図を汲み取れる切れ者、言われた事をやるだけの愚鈍な人間は必要ない。実際、殆どの人間がサラリーマンの男など比較的ガードが緩そうなターゲットの背中を動画で撮り続けながら尾行して、マンションに入って行った所で撮影を終了。こんな輩は即ブロック、当然報酬など支払わない。  依頼主が何を求めているのか思案し、与えられたミッション以上の成果を上げる人間は中々いない。そんな中でルースとグリフィンはずば抜けて優秀だった。まず、ルースが選んだターゲットは若い女だった。動画の冒頭で『若くて綺麗な日本人を丸裸に!』とテロップを入れて、隠し撮りしながら駅前で吟味する。 「アノオンナノコハイマイチネ」 「アノコハオシイヨ」  そんなアテレコを入れながら待つこと二時間、ついにルースの眼鏡にかなう美しい女が現れた。 「ビューティフルガール」  興奮気味に喋るルース、揺れるカメラ。俺は採用試験を忘れて動画に釘付けになった。見ず知らずの女、しかもスタイル抜群の美人が先回りしたルースの前を通り過ぎる。オフショルのミニワンピを着た女は、隠し撮りされているとも知らずに、シャナリシャナリと歩いていた。 「ビコウスルヨー」  小声でルースが話すと女の尾行が始まった。どのようにして撮影しているか不明だが手ブレが殆どない、最新のiPhoneかも知れないなと俺は推察した。時刻は夜の十時、駅前の喧騒を抜けると住宅地に差し掛かる。一気に辺りは暗くなり、ルースは今までキープしていた距離を広げた。大胆なだけでなく慎重な仕事ぶりにも感心する。  途中、女がいきなり立ち止まった。ルースとの距離がどんどん詰まる。まずい、女はバックからスマホを取り出して耳に当てた。ルースはグングン近づいていく、近すぎる。街灯が振り向いた女の顔を薄く照らす。石原さとみ似のぽってりとした唇を持つ美人だ。ルースは何事もなく女を追い抜いて行く、画角から女はいなくなり夜の道が映し出された。 「アブナイデスヨー」  ルースが小声で呟く。そのまま前進するのかと思いきや、ルースは道沿いに建つマンションに入った。オートロックの付いたエントランスはそれ以上、他者の侵入を許さない。カメラがぐるりと半周すると透明な自動ドアの先を女が通り過ぎた。耳にスマートフォンを充てている。 「ビコウサイカイスルヨー」  咄嗟の起点も申し分ない、女と一緒に立ち止まっていたら不審者として警戒されて、これ以上の尾行は不可能だったに違いない。更に抜かした後もすぐに近くのマンションに入り、そこの住民だと思わせる。暗い夜道、少なからず女は警戒していたはず。更に運も味方している、女は誰かと通話しているようだ。誰かと繋がる事で警戒心は薄れ、これからの尾行が楽になる。  実際、それから女は一度も後ろを振り返ることは無かった。それでもルースは先ほどよりも距離を取り、万全の体制を維持している。やがて女は古びたマンションに吸い込まれていった。ルースは一気に距離を詰めた、女はエントランスにある郵便受けの中身を選別している、不必要と判断したものは、傍に設置されたゴミ箱に放り込んでいる様子が映し出されていた。耳と肩の間には器用にスマートフォンを挟んでいる。  選別が終わり、女は階段に消えていった。どうやら四階建てのマンションにエレベーターは付いていないらしい。四階の住人に同情した。  ルースはそのマンションに入っていき、先程まで女が漁っていた郵便受けをアップに映し出した。 『三〇五号室と判明!』  ド派手なテロップが流れる。更にルースは不要なチラシが捨ててあるゴミ箱を漁り始めた。一番上に無造作に捨て去られた一枚の紙を手に取ると、そいつをカメラに近づける。どうやらガス料金の請求書だ。基本的に銀行引き落としだからこの紙は不必要だが、こんな所に捨て去るのは些か不用心だと思う。 『東京都、◯◯区、三丁目-四-八 パークサイドクレスト 三〇五 酒井 久美子ちゃんの尾行に成功!!』  最後に画面一杯にテロップが現れてその動画は終わった。ちょっとしたドキュメンタリー感と、若い女をストーキングするという犯罪行為がマッチした素晴らしい動画だった。ルースとは即日GCで連絡を取り合うようになり、その後もちょくちょく仕事を依頼している。    グリフィンはルースと正反対のタイプで慎重かつ、長期的な計画を立てる男だった。ラブホテルから出てくる明らかな援助交際をターゲットにして男に付きまとう、自宅、家族構成、会社を一月近くかけて調べ上げ、ラブホテルから出てきた時の写真を男に突きつけて反応を見るという、何とも手の込んだ動画を作ってきた。  自身の身分を探偵と偽り、男から百万円ほど引っ張る手腕はルースとは違う左脳の能力に長けた理数系。俺はグリフィンも速攻で仲間に引き入れた。仲間と言ってもお互いの本名、素顔、住んでいる場所に至るまで何も知らない。奴らの言うことを信用するならば、ルースはブラジル出身、グリフィンはインド人の不法滞在者だった。   『ターゲット 橋本瑠璃菜(ハシモトルリナ) 十七歳 ハイセツドウガ イツモノサイトニアップシロ』  短い指令と橋本瑠璃菜の自宅住所をグーグルマップで送信する。公立の小学校はみな家が近所だ、特に当時から有名人だった彼女の自宅、中流家庭の二階建て一軒家は殆どの生徒にバレていた。引っ越していない限り、今もあの場所に住んでいるはずだ。 『ハイセツ?』  すぐにルースから質問が返ってきた。数秒考えてから返信する。 『オシッコ ウンチ サツエイ』 『リョウカイデース』  とルース。 『OKボス』  とグリフィンからすぐに返信がきた。あとは彼らの仕事が終わるのを優雅に待つだけだ。決して自分の手は汚さない、仮に奴らがパクられても俺にたどり着くのは不可能。 「クックック」  指示した成果を待っている時間は、クリスマスを楽しみにする小学生のような純粋さと、受験結果を待つ中学生のような憂虞が同居したような不思議な気持ちになる。俺はこの時間が何よりも快感で心地いい。    すべてを支配するのはこの俺だ――。
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