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後藤 翔⑩
「しょーおちゃんっ!」
消える前に動画をパソコンにダウンロードしていると、猫撫で声を発しながら母親が部屋に入ってきた。華奢な体に白い男物のTシャツを着ている、下は何も履いていないのだろう、白い足が伸びていた。
普通の母親だったらドン引きするような格好だが、彼女はまだ二十六歳。当然、本当の母親ではない。ちなみに本当の母親とやらは、物心着く前に離婚して、家を出て行ったので記憶にすらなかった。
スタイル抜群で雑誌のモデルをする程の容姿だが、如何せん頭が悪い。まあ偏差値は写真に映り込まないから、仕事に支障はないのだろう。
――お前の新しい母親だ。
と、親父に紹介されたのが六年前、彼女は二十歳で俺はまだ十歳だった。四十過ぎの中年親父と二十歳の小娘、なんの接点があるのかまったく分からないが、とにかく俺には母親ができた。
家の中をミニスカートでウロつく母親に戸惑い、嫌悪した。確かに見た目は美しいが、そこには知性が感じられない。下品、卑猥、ヤリマン。なんとなく覚えたての語彙を駆使して頭の中で罵倒した。
親父は忙しい人だったから、彼女と二人きりで家にいる事が増えた。料理は下手で掃除も出来ない、洗濯物は溜まり、家はあっという間にゴミ屋敷と化した。今までは家政婦を雇っていたから、家事に不備がある事などなかったが、なるほど。ダメな人間がやるとこうなる訳かと半ば関心する自分がいた。
親父は異変に気付き、すぐに家政婦を雇い直した。「お前は可愛いんだから、家事なんてしなくて良いよ」と彼女の髪を撫でると、息子の前で二人は濃厚なキスをした。
「ああなるなよ……。わかるか?」
一度、彼女がいない時に晩酌をしながら親父が言った。
「あいつは美しい、だけど今だけだ。いずれ皺ができて乳も垂れて、どんどん劣化していく。一方で俺はどんどん稼ぎが多くなり偉くなる、つまり……」
「つまり?」
「二人の格差は際限なく広がっていく」
俺は親父を尊敬していた。沢山の社員を雇い、普通じゃない給料を稼ぐ。きっと駒のように人を使い操っているのだろう。
「お前はこちら側の人間になれるかな?」
ブランデーを傾けながら俺を見下ろした。ここまで上がって来い、待っているぞ。そんなエールに聞こえた。何より親父があの低レベルな母親を、ちゃんと馬鹿だと理解しているのだと分かって安心した。親父はアイツの美しい『時間』を評価しただけなのだ。だから家事が出来なくても文句も言わない、それは彼女の仕事じゃないのだから――。
「なーにしてるの?」
いまだ美しい時間をキープしたままの母親は、細い身体には不釣り合いなEカップの胸を俺の背中に押し付けてきた。コリコリとした感触でノーブラだと推察する。
咄嗟に閉じたノートパソコンに彼女は気が付いただろうか、いや、そんな察しがいい女じゃない。
「当たってるよ、胸……」
「うん、気持ちいいでしょ?」
耳元で囁かれると甘い香りがして脳が痺れた、橋本瑠璃菜の妄想で勃起した余韻がぶり返して、スウェットが膨らむ。
「あ、もう勃ってるよ」
彼女は後ろから躊躇いもなく俺のアソコを掴むと上下にマッサージした。
「親父……起きてるだろ?」
「もう寝ちゃったから平気だよ」
そう言いながら椅子を半回転くるりと回された、彼女と向かい合い、見下ろされる。それが我慢できなくて立ち上がると、彼女は膝を付いて俺のズボンをトランクスと一緒に下ろした。
「すっごいね」
彼女は嬉しそうに俺を見上げると、すでに勃起した陰部を口に咥え、音を立てて舐め始めた。静かな部屋にジュポジュポと卑猥な音が鳴り響く。むしゃぶりついて離そうとしない彼女を見下ろしながら優越感に浸った、橋本瑠璃菜に受けた仕打ちの溜飲がみるみる下がっていく。そう、この構図こそが正しい姿、下民は跪き王に尽くすのみ。
「立って」
彼女に命令すると、瞳を潤ませながらコチラを見ておずおずと立ち上がった。Tシャツの裾から股に手を入れると案の定ノーパンだ、しかもフェラをしただけなのにヌルヌルに濡れていた。
この歪な親子関係が構築されたのは中学生の時だ、俺はずっと彼女を馬鹿にしていた。頭の悪い娼婦、お前なんて本当の母親じゃない。親父だってそう思っている。だが、その想いとは裏腹に、中学生の俺は彼女を性的な目で追いかけるようになっていた。
思春期の家に美しい女が裸同然の格好でうろついている。家庭環境としては劣悪だったが成績はどんどん向上し、下民との差を広げていった。
最初は単純な盗撮だった、ソファでスマホを弄るフリをしながら彼女にカメラを向ける。運よくパンチラの撮影に成功した時は思わずガッツポーズをして喜んだ。しかし、段々と欲望はエスカレートしていく。俺は秋葉原で最新の小型カメラやボールペン式のカメラを調達すると、トイレや脱衣所、寝室に忍ばせた。
それらは素晴らしい仕事を次々とこなし、俺のコレクションは瞬く間に増えてく。とりわけ寝室を盗撮した親父とのセックスは、まるで自分が彼女と繋がっているような一体感と興奮があった。しかし、映像だけでは段々と物足りなくなり、留守中に彼女の下着や服の匂いを嗅ぎながらオナニーを始めた。うっかり服に射精してしまった時は焦ったが、洗濯機に放り込んで置いたら家政婦が勝手に洗濯してくれた。
買い物行ってくるね――。
彼女がそう言って玄関を出ていくと、俺はすぐに部屋に忍び込み、昨日履いていたチェックのミニスカートを持ち出す。自室に戻りパソコンを開いて、盗撮動画を再生するとすぐに勃起した。パンツを下ろして彼女のスカートで陰部をしごくと、快感が脳髄を刺激してあっという間に射精した、またしてもスカートに出してしまったが、全く気にせずそのまま放心していた。垂れ流した動画から彼女の喘ぎ声が響き、再び固くなってきた時だった。
「やっぱりね」
背後から聞こえてきた声に、俺は本当に心臓が飛び出すほどびっくりして椅子から転げ落ちた。仰向けになって見上げた先には彼女がいて、その態勢のおかげでパンツが丸見えだったが、俺の陰部は萎縮してミルミルうちに縮みあがっていった。
「いつもこんな事してるんだ?」
頭の上で彼女はしゃがみ込んだ、顎を両手の上に乗せてパソコンモニタと俺を交互に観察する。顔が近くなるが咎める表情じゃないので少しだけ安心した。
「は! 何勝手に入ってんだよ。ふざっけんなよ」
俺は羞恥心と屈辱で顔を真っ赤にして立ち上がった。いくら頭を回転させても、この場を脱却する良安が浮かんでこない。戸惑っている俺を彼女はそっと抱き寄せた。
「私のこと好き?」
耳元で囁かれると甘い香りが鼻腔をくすぐりクラクラと目眩がした。質問の意図が図れないまま、俺は首だけで頷いた。
「嬉しい。あの人は言ってくれないから……」
あの人? 親父のこと? 言ってくれない? 何を?
混乱しているとキスをされた。舌が入ってくると脳が痺れて足がガクガクと震えた。そのままベッドに押し倒されて俺は中一で童貞を卒業した――。
その関係は今でも続いている。いや、頻度は増えたと言っていい。理由は明白、親父が彼女の相手をしなくなったからだ。
「入れるよ」
「うん」
壁に手をつかせて、立ったまま後ろから突いた。彼女とする時は大概バックと決まっている。挿入中に涙を流す事があるからだ。そんな物は見たくもないし、なにより冷める。涙の理由が分かっているから尚更だ。俺に救いを求めている癖に、その矛盾に彼女は初めから気付いている。それでもやめられない。
それほどに親父を愛している。俺にはまったく理解出来ない下民の思考を、深く思慮した所でさほど意味もない。俺にとって彼女はオナニーよりは多少マシな性の捌け口でしかないし、彼女にとって俺は親父の代わりでしかないのだから。
そうだろ? 綾子さん――。
数日後、人気アイドルグループの一人が自殺未遂したニュースはワイドショーを数日賑わしたが、その後に起こったよりショッキングなニュースに掻き消されて、橋本瑠璃菜の記憶など日本国民の頭からはすぐに消え去っていった。
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