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高遠 誠一郎⑨
隣の園部先生に目をやると微かに震えている、膝に置いた両の拳を握りしめながら歯を食いしばっていた。代わりに私が質問を続ける。
「なにか、証拠があるのでしょうか?」
「そんな物ありませんよ、あの子の妄想でしょう。昔からなんです、他人の気を引こうとしてありもしない嘘をついたり。それに、ほら。桃華ちゃんの家はちゃんとした所だし、姉妹で優秀でねえ。その子が殺したなんて……。あの子、吃音症もあって少し人間不信なんですよ、だからいつも鳥なんかと――」
「鳥なんかじゃありませんよ。インコです! 友達です! 家族です! どうしてお母さんは愛子ちゃんの事を信じてあげないんですか? 世界中の人が彼女の敵でも、お母さんだけは味方になってあげなかったらどうするんですか、愛子ちゃんはこの世界で独りぼっちになってしまうんですよ?」
園部先生はその場に立ち上がり母親を見下ろした。充血した瞳から涙が一筋流れて落ちた。ああ、彼女は他人のために本気で怒り、本気で悲しめる。そんな人なのだと感心した。一方で周囲の客からの注目が集まり母親は声をひそめる。
「そんな、大袈裟な……」
「私は愛子ちゃんを信じます!」
彼女は「失礼します」と言ってカフェを大股で出て行ってしまった。肩を怒らせているのが後ろ姿でも分かる。
「すみません、あの、何か気に触るような事を……」
「いえ、しかしもう少し娘さんの声に耳を傾けてあげても良いかも知れません。彼女の言う通り子供たちにとって親は最後の砦ですから」
「はい……すみません」
結局、最後までこの母親は謝りっぱなしだったが、私は席を立ち園部先生の後を追った。視線の端に松葉杖で不慣れに歩く少女の後ろ姿が目に入ったが、特に気にもせず私は病院を後にした。
病院の敷地内には緑化されたスペースが広がっていた。病院というケガ人や病人が集まる場所では、心休まり、落ち着ける院内環境が望まれる。そうした空間を演出するための1つの策として院内の緑化が効果的だと聞いた事がある。その中にある木製のベンチに園部先生はポツンと座っていた。
「園部先生」
声を掛けて隣に腰掛けると彼女は軽く会釈した。
「すみません、生意気な事を……」
「大丈夫、間違った事は言ってませんよ」
「でも――」
「それより、どう思いますか?」
後悔の念を遮り私は問うた。
「え?」
「丸野さんの話ですよ、ピヨ彦は上田桃華に殺されたって言う」
園部先生はこちらに向き直り目を見開いた。まだ少し充血している。
「高遠先生もそう思いますか!?」
「いえ、全面的に丸野さんの言葉を鵜呑みにしたわけじゃありませんよ。ただ、まるっきりの出鱈目とも思えない。受け持ちのクラスじゃありませんから丸野さんと上田桃華の関係性も分かりません。どうですか? 園部先生から見て二人の関係は」
担任じゃなくても学校のクラスなんて大体どこも似たような構造に落ち着いてくる。最近ではヒエラルキーなどと呼ばれるやつだ。目立つ子、スポーツが得意な子は上、根暗、ガリ勉は下。中学生くらいになればもう少し複雑な構造になっていくが小学生だとまあ、大体そんなもんだ。園部先生の情報では上田桃華は前者で丸野愛子は後者と言うことになる。
「表向きは桃華ちゃんグループの末席に身を置いている。そんな感じです」
なるほど、末席とは言い得て妙だが、男子グループで言うところのパシリみたいなものかと想像した。
「虐めの実態を目撃したとか?」
「それは……ありません。でもっ!」
「でも?」
「私も小さな頃は虐められてたから何となく分かるんです。彼女は、上田桃華はやる側の人間です」
私は「ふう」と息を吐いてから考えた。園部先生の言っている事はなんとなく理解できる。最近の小学生はズル賢いから大人の前で大っぴらに犯行に及んだりは決してしない。バレないように虐めを遂行する事が、万引きのスリルのような効果を発揮するのかは疑問だが、とにかく彼、彼女らは親や先生の目を盗んでは新手の嫌がらせを考案し実行する。
「しかし実際ピヨ彦が死んだ、いや殺された時間帯には彼女たちは学校で授業を受けています。よしんば抜け出せたとしてもオートロックのマンションに忍び込んで殺害すると言うのは現実的ではありませんよ」
「ええ……」
意気消沈する彼女を横目に見ながら頭をフル回転させる。殺された、と言うのは隠喩で直接ではなく間接的に殺されたと言うことだろうか。これが人間ならば死体から何らかの痕跡が見つかり犯人逮捕に導いてくれるのだろうが、なにせ相手はインコだ。しかもすでに火葬焼却されてしまっていてはお手上げだ。
「火葬されているだけに科捜研も役に立ちませんな」
「高遠先生、真面目に考えてください」
若い子にダジャレは御法度だ、親父認定されてしまう。うっかり口から出たのは我ながら上手いと思ったからだったが激しく後悔した。私は咳払いを一つして威厳を取り戻すように言った。
「仕方ない、秘密兵器を使いましょう」
私は胸ポケットからスマートフォンを取り出して、友人である椎谷豊の番号を電話帳から呼び出した。
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