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高遠 誠一郎⑪
「そいつはやり甲斐がありそうだな」
勇人は顎に手を当てたままニヤリと笑った。ピヨ彦殺害事件の詳細を説明した後の反応である。
「まあこの程度の調査なら楽勝だろ?」
椎谷豊はすでに赤くなった顔を息子に向けた、まだ瓶ビール一本でこの有様、相変わらず酒は好きだが強くはないようだ。
「まあな」
息子が答える。
「今の話を聞いてどう思うよ?」
父親が問う。勇人は顎に手を当てたまま数秒思案してから答えた。
「毒……」
ポツリと呟いて続けた。
「それも即効性がなくて数十時間後に死に至る毒だ、ピヨ彦はそいつを盛られた可能性が極めて高い」
椎谷豊は鼻を鳴らした、満足そうな顔だが私は血の気が引いた。
「ちょっとまて! 毒ってまさか、誰がそんな」
動揺して勇人に問いかける、隣の園部先生も口をポカンと開いて硬直していた。
「誰って、上田桃華って女のグループだろ?」
「まさか……」
いくら何でも小学生が毒を所持しているとは考えにくい。その疑問に気がついたのか勇人は付け足した。
「毒って言っても青酸カリとかリシンじゃねえよ、アレルギー性物質さ」
その言葉でハッとした。犬に玉ねぎを食べさせると命の危険があると祖母に聞いた事がある。生き物によって与えとはいけない食材、今回の件であればインコに与えてはダメな食べ物をこっそり食べさせて中毒死させたと勇人は言っているのだろう。
「どう? 親父」
椎谷豊はいつの間にかスマートフォンで何やら調べている。とろんとしていた目が獲物を捉える猛禽類のようにギラギラと光っていた。
「ネギ、大豆、モロヘイヤ、アボガド、ほうれん草、ブロッコリー、キャベツ。なんだ、随分好き嫌いが激しいなピヨ彦は」
勇人もスマートフォンを取り出すと何やら操作を始めた。何かメッセージを打っているようだがコチラからは見えない。私は横にいる園部先生に視線を向けると心配そうに勇人を見つめている。
「特にアボガドを誤って摂取した場合には直ちに動物病院に連れて行ってください。アレルギー発症から二十時間から二十七時間以内に死に至る場合があります……か」
椎谷豊がスマートフォンで検索した情報を読み上げる。ピヨ彦が死んだのは上田桃華たちが遊びに来ていた翌日だから、もしその時こっそりと、丸野愛美がトイレにでも行った隙にピヨ彦にアボガドを食べさせていたら。彼女たちが帰った後に症状は現れピヨ彦は静かに息をひきとるだろう。
「俺がいて助かったな先生、事件は解決だ」
そう言って勇人は自分のスマートフォンをテーブルに置いてコチラに滑らせた、それはちょうど園部先生と私の真ん中あたりで止まり、メッセージアプリが開かれた画面を二人で見ることが出来た。相手は上田絵梨華、内容は以下の通りだ。
『最近冷蔵庫の食材が無くなった、なんて事ないかな? もし母ちゃんが近くにいたら聞いてくれると助かる』
『なにそれ笑』
『冷蔵庫から勝手に消える食材を調査中なんだよ』
『ウケる、そーいえばお母さんが先週、冷蔵庫に頭突っ込みながら無い無い呟いてたよ。どーせ食べたの忘れただけでしょって言ったけど』
『それだ! 何が無かったんだ?』
脈は無いかと勝手に思っていたが中々どうして、この二人上手くいっているのか。それとも最近の小学生の男女はこれくらいのやり取りを異性とするのは日常なのか判断がつかない。文章はそこで切れているので人差し指でスクロールして次の文章を表示させた。
そして私は息を呑んだ。
『ア・ボ・ガ・ドだよ』
その文字は呪いの呪文のように禍々しく私の目に映った、おそらくは園部先生の目にも――。
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