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園部陸人④
「ほら朝ごはん出来たよー! みんな起きてー」
眠い目を擦りながら二段ベットの上段から降りると、下段ではトドのような体躯をした弥太郎が上半身だけ起こして欠伸をしていた。
木の階段を降りて一階にあるダイニングの椅子に座った。目の前に用意されている目玉焼きに醤油をかけて白身だけ口に放り込む。黄身は隣の皿にお裾分けだ。
『本日も梅雨とは思えない晴天で、私も梅雨入りしたとはつゆ知らずに過ごしておりましたが――』
パンを齧ろうとした手が止まる。眠気が一気に吹っ飛んでテレビを凝視した。画面には黄色い怪獣のような着ぐるみを着た愛らしいキャラクターの横で、人の良さそうなおじさんが今日の天気を解説している。
「このおっさん、昨日と同じ事いってるよ」
隣に座った弥太郎に朝の挨拶もせずに話しかけた。
「昨日は日曜日だからやってないだろ、ボケたか陸人」
「はぁ? 今日は火曜日だろが」
「あやちゃーん。陸人が暑さにやられたみたい、そろそろクーラー付けようよ」
「えー。ダメだよまだ、八月になってからね」
「ちぇー」
俺はハッとしてテレビの左上に表示されている日付を見た。『七月三日(月)』
そんな馬鹿な、確かに昨日は学校に行った。授業も受けたし部活にも出た。そのあと帰って来てから素振りをして――。
「ヒロは?」
弥太郎に問いかける。
「ヒロ? 誰それ?」
なんて事だ。コイツはまたヒロのことを忘れてしまっている。かくいう俺も今の今までヒロのことを完全に失念して朝食を食べていた。
その後は昨日の朝をなぞるようにメガネさんが席につき、姫とママが順番に降りて来た。そしてあやちゃんが七人分の朝食をテーブルに並べると、弥太郎が余りに手を伸ばし姫がベーコンを奪った。
「ぶーちゃんは油を控えた方がいいわ、協力してあげる」
「あ、ありがとう姫。僕のために……」
「それを愛と呼ぶのよ」
俺は呆然とその光景を眺めていた。
戻っている。昨日に――。
訳もわからずに学校に向かうと案の定、慶太から声を掛けられて夏の大会にでないか確認される。バリーボンズをユーチューブで見た春奈、メジャー通ぶっていると嫌味を言う和也。まったく昨日と同じ会話が展開された。
呆けたままで授業に参加しながら昨夜の事を思い出す、正確には今夜の事だ。唐突にヒロのことを思い出した俺は、すみれ荘に戻ってあやちゃんに確認する。どーゆー訳かヒロの事を忘れているあやちゃんを放って弥太郎に問いかけた。始めこそあやちゃんと同じ反応だったがヒロとの思い出を叫ぶと奴は思い出した。
そしてその直後、気を失うように意識がなくなり気がつくと朝になっていた。それも当日の朝に逆戻りしていた。
まったく同じ一日を過ごしてすみれ荘に戻り弥太郎の帰りを待った。そして考える。
ヒロは一体どこに行ったのだろう?
神隠しに合ったように突如いなくなったヒロ。ご丁寧にみんなの記憶からもすっぽりと抜け落ちて。
とりあえずもう一度、弥太郎にヒロを思い出して貰ってからどうするか考えよう。椅子に座り難しい顔をしていると、ミスドの紙袋と週刊誌を抱えた弥太郎が部屋に入って来た。
「あ、ただいま」
「おかえり、弥太郎。ちょっと話がある」
「なんだよ改まって、金は無いよ」
弥太郎はなにかを警戒するような表情で椅子に座ると、勉強机にドーナツが入った紙袋を置いた。
「よく聞けよ。弥太郎をすみれ荘に連れて来たのはヒロだよな?」
「は? ヒロ? だれそれ」
予想通りの反応なので昨日のように取り乱す事はなかったが、なんだか胸の辺りがキュッと締めつけられるように痛んだ。
「よく思い出せ、すみれ荘にお前を連れて来た俺の姉ちゃんだ。朝飯だってずっとヒロが作ってたろ?」
静かな口調で弥太郎に問いかける。弥太郎は数秒思案した後に口を開いた。
「……。ヒロ……。あれ? 園部先生どこ行った? 今朝いなかったよな?」
やはり少しキッカケを与えてやるだけで弥太郎は思い出した。その事に俺は心底ほっとする。
「ああ、それでな――」
と話し出した時だった。目の前の空間がグニャリと歪む。昨日と一緒だ。と、思った時には意識は無くなり、また同じ日の朝に俺は目が覚めた。
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