高遠 誠一郎⑯

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高遠 誠一郎⑯

「お金が目的なのね?」 「は?」  私たちは二人同時に口を開いた。 「良いのよ、学校の先生なんて安いお給料で働いているんでしょう? 激務なのに、可哀想だわ。そりゃそうよ、桃華みたいに恵まれた子供を見たら怒りが湧いてきてしまうのね。ごめんなさい。だから私立に通わせるべきだったの。レベルが同じ子達、優秀な先生がいる学校に通わせるべきだった。不公平に感じてしまうあなた達の気持ち……。分かるわ、私には。だから言ってちょいだい、いくら欲しいの? すぐに振り込むわ、知ってます? 最近ではスマートフォンで簡単に出来るの。口座番号を教えてくださる? 遠慮しなくていいのよ、あなた達を追い込んでしまったのは私たちなのだから、私たちが優秀すぎて嫉妬させてしまったのだから」 「あなた何を――」 「お黙りなさい! 今回のことは不問にすると言っているでしょう! 早く受け取り先の口座を、ほら桃華、紙とペンを持ってきてちょうだい」  私たちが唖然としていると桃華は立ち上がりリビングを出て行った。私の前を通り過ぎる時に「乞食」と小声で言ったのを私は聞き逃さなかった。 「あなた?」  呆然としている私に、上田桃華の祖母が話しかけてきてハッと顔を上げた。 「あなた、さきほど証拠があるなんておっしゃってましたわよね? 見せてくださる? そんな物があるのならば」  証拠、そんな物はない。さっきのはただのハッタリだったが、この年齢不詳の老獪な女には、私のブラフなどお見通しだったようだ。何も言い返せずに押し黙る私を彼女は満足そうに眺めていた。 「あなたはいくら欲しいの? 教育実習生って言っていたわね? どちらの大学かしら? まあどうせ三流大学に決まってますわね、聞く意味もないわ」  上田桃華の祖母は園部先生に言った。彼女は顔色を変えることも無く静かに口を開いた。 「今の内に直さないと後悔しますよ? 今なら間に間に合うかも知れません。キチンと自分のやった罪の重さを受け止めて反省して、二度とそんな事をしないように。今のうちに教育しないと手遅れになりますよ」  すると柔和な笑みを浮かべていた祖母の表情も、スッと能面のように白けた。 「あなた、うちの息子が弁護士だって分かっておっしゃってますの? もうこれ以上は洒落じゃ済みませんわよ」 「最初っから洒落じゃないんですよ、丸野愛子さんは自殺してるんですよ!」  ついに園部先生がキレて立ち上がった、私も慌てて立ち上がり、今にも掴みかかりそうな彼女を制止する。 「自殺? ああ、桃華のクラスメイトが自殺未遂でうちの病院に入院しているって言ってたわね」 「あなたの孫にとっちゃ遊び半分で殺したペットでも、丸野さんにとっては大切な家族だったです! そんな事も分からないまま大人になって、反省もしないクソ人間になって良いんですか? 何とも思わないんですか!」 「まぁ、怖い。これだから知能指数が低い人間は嫌ですわ。他人を妬み、嫉み。挙げ句の果てに言い掛かりをつけて金銭を脅し取るなんて、あれみたいね、反社? そう。あなた達は反社ね。ああ、桃華、紙とペンはもうよろしくてよ。警察に連絡してちょうだい、反社会的勢力の人たちに襲われているって通報するの、出来るわね?」 「うん!」  リビングに紙とペンを持って戻ってきた上田桃華は、扉の脇に備え付けてある電話の受話器を持ち上げた。彼女は嬉々とした表情でボタンを押し始める。面倒なことになったなと思案していると、入口に人影が現れて上田桃華から受話器をぶん取った。姉の絵梨華である。 「良い加減にしなよ」  そう言うなり絵梨華は桃華の頬を張った。何が起きたのか分からずにその場の全員が、頬を張られた桃華すら固まっていた。
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