高遠 誠一郎⑰

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高遠 誠一郎⑰

「絵梨華さん! 何をするの?」  いち早く立ち直った祖母がよろよろと彼女に近づいていく。すると、その後ろにもう一つの影が現れた。それは意外な人物で私は思わず口を開いた。 「勇人?」  椎谷勇人がそこに立っていた。 「よっ! 先生、さっきぶり」  彼は日に焼けた顔から白い歯を覗かせて、右手を軽く上げた。 「絵梨華さん、ちゃんと説明なさい。どうして警察を呼ぶのを邪魔するの? あの人達は恐喝しに来たのよ、犯罪者なの」 「あるんですか? 証拠」  勇人が庇うように絵梨華の前に立って、上田桃華の祖母に言い放った。 「は?」 「いや、だから証拠ですよ証拠。高遠先生が恐喝をしたショ・ウ・コ」 「そんな物はこの状況を見れば明らかでしょう、この人達は出鱈目を言って桃華を脅しているのですから」 「出鱈目? 何がですか」 「桃華がお友達のペットを殺したなんて言う出鱈目よ!」  上田桃華の祖母は苛立ちを隠さずに勇人に言った。彼はやれやれ、とため息を吐くと手のひらを絵梨華に差し出した。彼女は手術中の医師にメスを渡すようにスマートフォンを手のひらに置いた。勇人は手早くそれを操作すると、水戸黄門の印籠のように上田桃華の祖母の顔に向けた。ガガガッと言う音の後に人の声が聞こてえくる。   『まじで? 園部と高遠がきたの?』 『なにしに?』 『インコ殺しバレた?』 『ないない』 『じゃあ何しに来たのよ』 『分かんないけど』 『でも証拠なんてないから大丈夫だよ、だれもあのインコに、私たちがアボガド食べさせたなんて分かりっこないし』 『死ぬとこ見たかったなあ』 『ね』 『またペット飼ってるやつの家に行って食わそうよ』 『犬に玉ねぎとか良いらしいよ』 『すぐ死ぬやつはダメだよ、今回みたいに時間差で死ぬ奴じゃないとバレちゃう』 『桃華ー。学校の先生がいらしたわよー』 『はーい』  音声が終了すると、勇人はスマートフォンを絵梨華に返した。上田桃華の祖母は背中を向けていて表情が分からないが、肩が小刻みに震えている。先程の音声は確かに上田桃華たちの話し声だった。しかも、会話の内容から察するについ先程の物だ。私は訳も分からずに頭が混乱していた。 「証拠ー。ありますけど、どうされます? 警察呼びますか」  勇人の質問に上田桃華の祖母は鼻を鳴らした。踵を返してコチラに戻ってくると、先程まで座っていたオットマンに腰を下ろす。 「で? どうしたいのですか?」  彼女は私たちに目を向けて言った。上田桃華は床にへたり込み、下村と仲田も下を向いたまま顔をあげようとしない。 「どうって、丸野さんに謝罪してください」 「なぜかしら?」  上田桃華の祖母は本当に分からないといった表情で小首を傾げた。 「だってそうでしょ? その丸野さんとやらが自殺したのは自分で飛び降りたのよね? 桃華が無理矢理突き落とした訳じゃないでしょう? それをコチラの責任と言われましてもねえ。勝手に死のうとした人に、どうして桃華が謝らなくてはならないのかしら、私にはとても理解できないわ」 「ふざけないで! 以前から丸野さんは彼女たちに虐めを受けていました。その上、大切なペットを殺されて自殺するまで追い詰めたんです、責任があるに決まってるでしょ」  園部先生は怒りのせいでブルブルと震えていた。固く握り込んだ拳で今にも殴りかかりそうだ。しかし、それを止める気はすでに失せていて、むしろ私が殴ってやりたい、そんな風に考えていた。 「虐められるのは、その女の子が弱かったからよ。そんな物は日本全国、いや、世界各国で行われていることです」 「そんな事が許されると――」 「じゃあどうして差別はなくならないのかしら? 大人の世界でも行われている事を、まだ年端もいかない子供たちに強要するなんて馬鹿げてますわよ、ええ、きっとその丸野さんというお嬢さんに問題があったに決まってます。虐められるのは原因があるの。強者は弱者を虐げるのは常識でしょう? それは大人になってからもそう、今のうちに学んでおく事が大切なのよ。丸野さんは今回のことで大いに勉強になったと思うわ。強くならなくては生きていけない、でないと大切なものを守れない、そうじゃなくても知能が低い――」  園部先生が立ち上がり、弓矢を弾くように右手を引いたのが視界に入った。平手打ちじゃない、右ストレートだと思ったが動けなかった。まあ責任は自分が取ろうと考えていると、彼女の拳が着弾する前に『パンッ』と乾いた音がリビングに響き渡った。
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