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園部陸人⑤
『本日も梅雨とは思えない晴天で、私も梅雨入りしたとはつゆ知らずに過ごしておりましたが――』
視線はテレビを追いかけているが頭ではまったく別の事を考えていた。
なんなんだこれは――。
七月三日から先に進まない。進めない。そして誰も何の疑いもなく、あやちゃんが作った朝飯を食べている。
昨日のこと、正確には今日の夜のことを思い出す。未来のことを思い出すという表現は妙だが、そうとしか言いようがない。
七月三日の朝に強制的に戻されたタイミングは二回とも同じだった。弥太郎がヒロのことを思い出した時だ。空間が歪んで気を失うと、ここに戻ってきて同じ日が始まる。つまりやり直し。
ヒロのことを思い出すと時間が巻き戻る? そんな馬鹿な。何の為に。そもそも、どうしてみんなしてヒロのことを忘れているのだろう。集団催眠にでもかかったのだろうか。だとしても時間が巻き戻るなんて非現実的な出来事の説明がつかない。そもそもヒロはどこに行ったのだ。
「――と、ちょっと陸人!」
姫に声を掛けられて我にかえると、いつの間にかテーブルについているみんなが、不思議そうな目でコチラを見ていた。
「ん? ああ、どうしたの」
「どうしたの、じゃないわよ。ボケーっとしたまま全然動かないで、早くご飯食べないと学校遅れちゃうよ」
「ああ、うん」
手付かずの目玉焼きを、箸で黄身と白身に分けながら考えた。今、ちょうどみんな揃ってる時にヒロのことを思い出させたらどうなるのだろう。やっぱりまた時間は巻き戻るのだろうか――。
馬鹿馬鹿しい。ちょっと夢と現実の区別が付いていないだけさ。覚えてはいないがヒロはどっかに旅行でも行っているのだろう。変わりにあやちゃんが朝ごはんを作ったって何の不思議もない。
きっとみんなして俺をドッキリにでもかけようとしているんだ。そうだ、そうに違いない。昨日学校に行ったのは夢だ、夢の中で行ったに違いない。無理やり自分に言い聞かせた。
「ヒロはどっか旅行にでも行ったんだっけ?」
黄身を弥太郎の皿に乗せながら、さり気なく質問した。今日の天気を聞くような気軽さで。
「ヒロ? 誰それ」
すぐにあやちゃんが答える。姫は移動した黄身をジッと視線で追いかけていく。弥太郎は当たり前のようにそれを箸で摘んで口に入れた。
「またまたぁ、もう良いよそのネタは。バレてるから」
「なによ、なによ。ヒロって誰なのよ? 綾子の彼氏?」
ママが隣に座るあやちゃんを肘でつつく。だけど当の本人はキョトンとしたままだ。
「ちょっと良い加減にしろよ!」
あまりにもみんなの自然な演技にイライラして勢いよく立ち上がった。椅子が後ろにひっくり返る。
「何なんだよみんなして! ヒロだよ、俺の姉ちゃん。園部七海。みんなヒロがキッカケですみれ荘に集まったんだろ? やめてくれよそんなドッキリ。ヒロが本当にいなくなったみたいじゃんかよ」
「園部……。七海……」
向かいに座るメガネさんがボソリと呟いた。真剣な表情で必死に何かを思い出そうとしている。トーストに乗っていた目玉焼きがお皿に滑り落ちた。
「園部先生、どうして私は、そんな……、陸人くん、園部先生はどこに?」
「メガネさん!」
意外な人物が一番最初に思い出してくれた。しかし、喜びも束の間。案の定、例の如く、多分に漏れず今回も、目の前がグニャリと歪むと深い意識の底に落とされていった。
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