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『ETCカードが確認できません』
というトヨタ車から聞こえる自動音声の意味を、越してきて早々ダッドに問われた。ニューヨークにいたら自然と英語は身につくからと、決まって僕に日本語で接してきたマム、その僕もこの言葉の意味は分からなかった。車から流れる抑揚ない女性の日本語はマムの気配でもするのか、ダッドは意味が分からなくても楽しそう。
舞台の仕事をしていた色白で繊細なマムと違い、ダッドは外の光がよく似合う。大きな身体をして、よく泣くダッド。ロックダウン中のニューヨークの街や、病院のニュース映像を見るたびに、僕以上に落ち着きをなくした。今まで離れていたのを埋めるかのように、僕たちはたくさん話をした。
渡航は制限されていたものの、最初のロックダウンのあとのニュージーは、制約も少なく世界からここだけが嘘のように凪いでいた。ヨーロッパの酷い状況はニュースやマムからよく聞いた。ニューヨークのダンススクールの先輩やマムの知り合いで夢叶えてヨーロッパへ渡った人もロックダウンでバレエスクール、バレエ団での公演中止と行き場を無くし、踊りを辞めたそう。
先の見えない毎日に、将来なんてものに思い馳せることは出来なくなっていた。
そんなある日、ダッドのトレーニングルームの一角にダンススタジオ用のリノリウム が貼られた。
「蓉子からの命令さ。日本にいる彼女のお姉さんのダンススタジオのオンラインレッスンに参加しろだってさ」
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